はちみつ家 > 蜂蜜エッセイ

ミツバチと共に90年――

信州須坂 鈴木養蜂場

はちみつ家

Suzuki Bee Keeping

サイトマップ RSSフィード
〒382-0082 長野県須坂市大字須坂222-3

 

蜂蜜エッセイ応募作品

こっそりと、食べる。

カフェイン

 

 台所の棚の奥に、そっと隠されるようにしまわれた、蜂蜜の瓶。古代の財宝を思わせるその黄金の蜜は、幼い僕にとって禁断の甘味であった。

 母が作ってくれたはちみつトーストで、僕は蜂蜜と出会った。幼少の僕は病弱なせいでよく薬を服用していたのだが、抗生物質の人工的で不快な味が大嫌いだった。口に残る、甘いのか苦いのか分からない粉を服用する毎日。
 そんな僕に、母がご褒美で作ってくれたのが、はちみつトーストだ。チンと子気味よい音とともに現れる、狐色のトースト。そこに上品な小金色の蜜が、たらーりと、たっぷりと贅沢にかけられる。それをひったくるように口に運べば、すぐにふんわりと優しい甘さが口に広がる。その自然の甘さたるや、口内にある感覚すべてを「幸せ」という感覚に置き換えてしまうようだ。ザクザクと小麦色のトーストは、いつも一瞬でなくなってしまった。

 薬という味に慣れてしまった僕がこの金色の蜜のとりこになってしまったのは、冒険家が財宝に魅せられることくらいに必然だった。しかし、僕の体調が安定してくると、はちみつトーストを食べる機会も減っていってしまう。
 そんな中で、幼い僕が見つけてしまったのは、棚の中に隠された蜂蜜の容器だった。そこには、子ども心には「一生分」に思えるほどの蜂蜜が入っている。それを発見した時、僕はまず周囲を見た。父も母も仕事でいない。兄も学校に行っていて、今はいない。家の中をひとしきり確認した僕は、食器入れからスプーンを出して、ティースプーンにたったひと匙だけ、とろりとした蜜をすくって舐めた。甘い。おいしい。僕はもう一口だけ食べたくなって、きれいなスプーンを取り出して、また蜜をすくった。
 蜜を味わっては、ばれていないか後ろを振り返る。そして新しいスプーンを出してまた食べる。そんな行為を5回も繰り返したころで、幼い僕はようやく正気を取り戻した。
 窃盗犯が証拠を隠滅するがごとく、スプーンたちをさっさと洗って、食器入れに戻す。大丈夫、ばれないはず。僕はバクバクする心臓のまま、「ばれませんように」と、半ば祈る気持ちで再び蜂蜜を台所の棚の奥深く深くに、そっと戻した。

 それから10年以上が過ぎ、今や蜂蜜を食べるために隠れる必要もなくなった。だが今でもときどき昔の背徳の味を思い出してしまい、ひと匙だけすくって舐める、昔の蜂蜜の味わい方をしてしまう。

 

(完)

 

蜂蜜エッセイ一覧 =>

 

蜂蜜エッセイ

応募要項 =>

 

ニホンミツバチの蜂蜜

はちみつ家メニュー

鈴木養蜂場 はちみつ家/通販・販売サイト

Copyright (C) 2011-2024 Suzuki Bee Keeping All Rights Reserved.