碧魚 まり
「蜂蜜舐めとき。」
幼いわたしが「喉が痛い。」と訴えると母は必ずそう言った。
ガサガサ、チクチク、イガイガ。わたしの風邪は、決まって喉から嫌な乾燥と痛みを伴ってやって来た。トローチでもなく、病院でもなく、蜂蜜。
蜂蜜は、我が家の薬とも言える存在だった。
また母から、「はい、これ食べ。」と渡される蜂蜜もバリエーション豊かで、ヨーグルトにふんだんにかけた「蜂蜜ヨーグルト」、角切り大根を蜂蜜に漬けた特製「蜂蜜大根」、そしてスプーンで一匙すくって渡される、「ダイレクト蜂蜜」。
効いているのか、いないのか正直分からなかったが、母がそういうのなら、喉を治すには蜂蜜以外の正解はないのだろうと思いながら口にしていた。
久しぶりに、祖母の家に遊びに行ったときだった。
「先週仕事で声出しすぎたせいかなあ、なんだか喉が痛いねんなあ。」
わたしが、ぼそりとそうもらすとすかさず、祖母に
「蜂蜜、舐めとき。」
と瓶を差しだされた。その声のトーンも言い方もよく耳にした母の言葉そのもので思わず笑ってしまった。母の「喉の不調にはとりあえず蜂蜜」という考えは祖母から受け継がれたものだったのか。
ささやかな体調不良を気にかけてくれる家族に随分甘やかされて育ったわたしも、大学生の半ばで一人暮らしをすることになった。
一人では食べ切れないので、蜂蜜を購入することはなかった。けれど、喉に違和感があると、スーパーへ蜂蜜キャンディーを買いに行った数は数え切れない。
そして結婚した今、リビングの端っこにチューブタイプ、瓶、と形状を変えつつ鎮座しているのは、蜂蜜。一度買えば、やっぱり蜂蜜がなければ落ちつかない。
わたしの最近のお気に入りは、はちみつ紅茶だ。
ケトルでたっぷり沸かしたお湯に、お気に入りの銘柄の紅茶のティーパックを沈める。仕上げにとろり、と垂らすのは一匙の、黄金色。
なんだか心がざわざわするとき。
仕事が上手くいかなくて、もやもやが溜まったとき。
そんなとき、わたしは決まって、このとっておきの飲み物を淹れる。
ふわりと香る湯気をゆっくり吸い込み、火傷しないように、マグカップに口をつけ、熱さを確かめるようにほんの少し口に含む。
まろやかで優しい甘さは、ささくれ立った心をまあるくなめらかにしてゆく。
はちみつはわたしにとって、代々続く身体と心のお守り、なのかもしれない。
(完)
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