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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

本物をみたとき

染谷市太郎

 

 高校二年生の初夏まで、ミツバチは文章の中だけの存在でした。
 幼少期より、読書を趣味としていた私は物事の多くを活字から学んできました。実物を見ることは稀でミツバチもその例に漏れることはありませんでした。
 ミツバチを知ったのは、小説の中。養蜂家の男性と共に暮らす少女の小説からでした。
 養蜂家の暮らし。花を追って住処を変えること。ミツバチの、小さな体の力強さ、勤勉さ、女王を頂点とした特殊な生態や、そのほとんどが雌であること、女王はどのようにして生まれるのか、そしてどのようにして巣が増えるのか。そのすべてが、活字の中にしかありませんでした。
 しかし、高校二年次の初夏でした。その機会は訪れました。
 私が通う高校の近所に住む大叔母夫婦がいました。帰宅の途中にしばしば立ち寄るその家では、ミツバチを飼っていました。巣は裏庭にあるため、直に見ることはありませんでしたが、2Lペットボトルいっぱいのはちみつをお土産に渡されるたびにミツバチたちの存在は感じていました。
 忘れもしません。夏の訪れを感じるころです。その日は普段より騒がしく、背中の曲がった大叔母夫婦がああでもないこうでもないと喧嘩をしながら何やら作業をしていました。
 大叔父の被っていた帽子から、また周辺の胸をざわつかせる羽音から、喧騒の原因がミツバチであることは容易に推測できました。
 それは、庭木の枝に垂れ下がっていました。黒い虫の集団を大叔父が袋に収めようとしていました。
 活字として知っていた私は、これが分蜂なのだと察しました。
 しかしながら、百聞は一見に如かずといいますように、目の前の実物は私の活字からの知識を容易に打ちのめしたのです。その時ばかりは、眼鏡をかけても1.0を切る私の視力も跳ね上がっていたと思われます。私は今までにないほどに集中していました。その色やうごめきや大きさ。私はそれらを感じようとしていました。
 あのとき、驚きに大声を出すなどのような行動をとらずに済んだのは、実物を目の前にした驚愕に体を動かせなかったからでしょう。朧気に活字でしか知れていなかった存在が目の前にいるその威力は私から身体の自由を奪うほどでした。
 分蜂を目の前にした私は、世界が活字だけではないことを目の当たりにしました。これほどまでに面白いことがありましょうか。どれほどの言葉を尽くしたとしても、私があのとき見て聞いて感じたものを、他者に伝えることはできないのです。

 

(完)

 

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