まむ
母と肩を並べた台所。
換気扇には蜘蛛の巣がかかっている。(もう、何年も使っていない......)
あの時のまま、時間が止まっている。だからなのかあの頃の時間が蘇る。
引き出しに1冊のノートが入っていた。
母が倒れてこの家を離れ8年の月日が経つ。
療養中ではあるが今は私の家で元気だ。
この家は山深い場所にあり、空気と水だけはどこにもまけない程美味しい。
母はこの家に60年住んでいた。
この家の屋根裏に毎年夏になるとハチのお客様が訪れる。
あの日も.....
『麗子、見てみ!今年もお客様が来よったよ!』母は童心に戻ったようにウキウキしている。そして台所から1冊のノートを取り出し1枚、2枚とページをめくると『ピタッ』と手が止まり『コレコレ、これを作らんとね』と独り言を言っている。
何がそんなに楽しいのかあの頃の私にはまったくわからなかった。
手に取ったノートにはびっしりハチミツのレシピがいくつも書かれていた。
そのレシピはどれも食べたことのあるものばかりだった。
(マリネにつくね......あれもこれもハチミツが入っていたのか......)母の楽しそうな顔が浮かんだ。
自宅に戻り母に言った。
『母さん!母さんのレシピノートを見つけたのよ』
『懐かしいわね』
『ハチミツをお料理に使っていたのね』
『そうよ!ハチミツは栄養がいっぱいよ』
『だったら、お店で買って来ようか?』
『うんん......いらない』
『どうして?....,屋根裏のハチミツでないとダメなの?』
『そう!ダメなの』
『どうして?』
私は不思議で仕方なかった。
母は何故屋根裏のハチミツにこだわったのたろうか......
それからしばらくして、か細い声で母は言った。
『あのハチミツね、ハチのお客様からの宿泊代なのよ』と微笑んだ。
(完)
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