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第7回蜂蜜エッセイ最優秀賞作品

教授の蜂蜜

永山玲子

 

 教授は無言で瓶詰めの蜂蜜を配り歩く。夏休み明けの研究室。恒例の風景だった。
 女子大のデザイン系学科を卒業したものの、私は無職の日々を送っていた。就職氷河期。決して珍しいことではなかったと思う。その時、研究室の庶務アシスタントバイトを世話してくださったのが、恩師のK教授だ。
 工芸デザイン研究室長。イケメンで好々爺の教授は、学生の間で影の人気だった。
 しかし、人は二次元にあらず。学生と違う立ち位置で見る恩師は、実に独特の人物だったのだ。
 まずコミュニケーションが苦手で、相手の目を見ないようにお話しされる。整理整頓に厳しい上、雑音には敏感だった。それらが乱されると、驚くほどお怒りになる。
 研究室内の席配置は、個性的な彼の世界観を象徴していた。総勢7名の職員の机が壁に沿って並ぶ。着席すると、目の前は壁か窓だ。
 これら想定外の情報が一気になだれ込み、勤務初日から不安を抱く。甘美な条件のバイトに、蜂の如く惹き寄せられ応じた。しかしこの蜜には、何か潜んでいたのだろうか。
 アシスタントは自前のエプロン着用で勤務する。私はブランドもののブルーのエプロンを愛用した。ある日のこと。教授と二人きりになった。「そのエプロン好きです」とおっしゃる。咄嗟に「中身の方は如何ですか?」と問うたら「中身はもっと好きですよ」と、視線を外しながらニヤリと返してくれた。
 我ながら怖いもの知らずのやりとりをしたものだ。それでも、ユーモアを解していただけたのは嬉しかった。教授が青色を非常に好んでいたことを、後で知る。
 また彼は、ひとたびトラブルが発生すれば、徹底して部下を守る正義感の人でもあった。
 大学の長い夏休み。教授は避暑に行かれる。場所は毎年軽井沢。お土産も決まってご当地の蜂蜜だった。
 休暇明け、教授が出勤する。挨拶も早々に、携えた大きな袋から蜂蜜の瓶を配り歩く。400gは超えるかという内容量の大瓶だった。「はい」とひと言呟いて、部下全員の机上にお土産を置く。案の定、土産話は一切無い。
 窓と向き合う机が私の席だった。肘をつき両手で瓶をしっかりと持ち上げる。日光に透けて見えるのは、不純物の無い黄金色の宇宙だ。その輝きは、教授がリフレッシュされたことを雄弁に語っていた。同時に、彼の理想とする美と秩序の世界を垣間見た気がした。

 

(完)

 

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