水蜜桃
恋人の好きなものはいくつもあって、たとえばウイスキーだったり、化学式だったり、料理をすることだったり、私のことだったり、まあそれなりに知っているつもりだった。
「おれの好物、知ってる?」
恋人が、いっしょに街を歩きながら尋ねてきたから、自信満々に返事をする。
「ウイスキー」
それもそうだけど、と彼は笑って、ちょうど私たちの右手にあった店を指差した。
「おれね、意外と蜂蜜が大好き。料理にも使えるし、スプーンですくってなめるとウイスキーのおつまみにもなる」
そう言った彼が指差す先には、けっこう老舗の蜂蜜専門店があって、きらきら黄金にかがやく瓶詰めされた蜂蜜たちが、まるで宝石みたいにショーウインドウに並べられていた。
甘党か辛党かで言えば甘党だということは知っていたけれど、まだまだ知らないことはたくさんあって、何気ない街の中でそれを知ることがある。その日は蜂蜜のことだった。
彼はウインドウの前に立ち止まって、美しい瓶たちを眺める。
「おれはね、れんげのやつが一番好きなんだ」
「味の違いなんてあるの?」
「もちろんあるよ、蜂蜜なめたらだめ。あ、なめると美味しいんだけどね」
そんな冗談に二人で声を上げて笑った。何種類かの蜂蜜を買って食べ比べた結果導き出された結論なのだ、という彼の得意顔が面白くて、私も食べ比べてみようかな、なんて考える。
せっかくのデートだから、と店に入ってひとつ買った。何種類も食べ比べるほど私は甘党ではなかった、と冷静になって、彼が好きだというれんげのものを。
美しく輝く蜂蜜の瓶は、私の家のキッチンに置かれていて、たまにスプーンでひと匙すくってなめて、ウイスキーと一緒に流し込む。
溶かすんじゃない、なめるんだよ、という彼の教えを忠実に守りながら、黄金色の蜂蜜は私の一部になっていく。彼のことを一つずつ知っていくことや、好きなものがまた一つ増えたこと。そんなきらきらした黄金色の喜びたちを、ひと匙ずつ味わう。
(完)
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