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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

蜂蜜

宗正樹

 

 私は、蜂は大嫌いだが、蜂蜜は大好きである。子供の頃、遊び場と言えば近くの里山だった。冬には竹藪を切り開いて隠れ家を作り、トランプをしたり、お菓子を食べたり、竹トンボや弓、杉鉄砲、模型飛行機、竹のそりなどを作ったりしていた。当時、男の子は皆小刀をポケットに忍ばせており、隠れ家から竹とんぼ迄この小刀で作った。時には鳥の罠を仕掛けに隠れ家から遠出する。罠の入り口に二本の横木を渡し、鳥がそこに止まると木のしなりでパチンと閉じるようになっている罠。その内側に赤い木の実をエサとして撒いておく。鳥は一羽も捕れず、エサの赤い実が無くなり羽根だけが残っていた。秘密の隠れ家だからその場所を知っているのは仲良しの五人だけ。とにかく寒いものだから、厚着して、お腹には懐炉を挟んで過ごしていた。 
 夏になるとサンダル履き、半ズボン、ランニングシャツ、麦わら帽子で隠れ家に集まり、昆虫採集に行ったり、竹の刀でチャンバラごっこをやったりしていた。当時よく見ていた「赤胴鈴之助」や「鞍馬天狗」のテレビドラマが影響していた。なんかの拍子に竹の刀が蜂の巣に触ったのか蜂が飛び掛かってきた。刺されるととにかく痛い。大体は蜂のお尻から出て来る針が残っている。当時の話としては人を刺した蜂は死ぬということだったが、刺してすぐに死んだ蜂を見たことが無い。とにかく痛いので針を抜き「小便してくれ」と頼み、小便を刺されたところに塗りたくる。当時の子供は怪我した時の対処方法を知っていた。小刀で指を切ったら蓬の葉を採ってきてすり潰し、傷の上にかぶせておけば治った。
 砂糖が貴重品だった時代、蜂蜜は近所の多くの家にあった。多分近くの農家が養蜂業のまねごとをしていたのか安く購入できたようである。砂糖の代わりに使われてもいた。今では考えられないが、瓶に入った蜂蜜をスプーンですくって食べることが許されていた。
 今蜂蜜は超高級品。だが、ホットケーキに掛けるのは蜂蜜が良い。それもたっぷりと。結婚して五十年近くなるが、朝は食パンにバターを塗り、蜂蜜を塗って食べるのが私のお気に入りである。

 

(完)

 

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