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蜂蜜エッセイ応募作品

秘密の巣蜜

中島彩夏

 

 ここしばらく、窓を開けていない。
 カーテンすら閉め切って窓の外を見ないようにしている。下から差す光を見るに、きっと外は晴れている。それでも私はカーテンを開けることができなかった。

 二週間ほど前に実家から巣蜜が届いた。実家は特に養蜂家でも何でもないが、たまの贅沢で買ってみたのを私にも分けてくれたのだ。
 それ以降、最初の一週間のうちはほぼ毎日少しずつ食べていた。しかし、巣蜜生活ももうじき終わるかというときに羽音のような、いや、単なる羽音にしては威圧感すら感じる耳障りな音がふいに窓の外から聞こえ始めたのだ。
 季節は春過ぎ、新緑の季節。さわやかな風が心地よい5月。
 そう、スズメバチの営巣が始まったのである。よりによって我が家のベランダで。
 その日から食べ残したほんの少しの巣蜜に手を付けていないし、窓どころかカーテンも開けていない。
 完全に被害妄想なのだが、私の隠し持つ巣蜜をスズメバチにつけ狙われているような感覚に陥ってしまった。だってスズメバチってミツバチの天敵なんでしょう。私知ってるわよネットで見たもん。
 曖昧なネット知識を鵜呑みにしただけでなく、他にも理由はある。ちょっとずつ食べていたせいで愛着が湧いてしまい、最後の一切れが非常にもったいなく感じてしまったのである。
 気づけば巣蜜が届いてから二週間が経過していた。食べなくちゃ、とは思っているがここまでくればもはや惰性で避けている。
 なんとなく居心地が悪い日々だった。

 巣蜜はともかくスズメバチに関してはいい加減駆除してもらわないといけない。そう思いやっと駆除業者を調べてみることにした。その時ふとスズメバチが巣作りをする動画が目についた。小さな体でちょっとずつ丁寧に巣をつくる様子をみて、ふと私が食べ残した巣蜜の事が頭に浮かんだ。
 最初は蜂がこんなに頑張って作ったものを食べていたなんて、と思ったが気づいてしまった。私があの巣蜜を残すことは、それこそ残酷なことなのでは。食べるためにもらった巣を私は今どうしている?もうスズメバチのことなど思考から追い出されていた。
 即座に冷蔵庫から最後の巣蜜を取り出した。一見するとシトリンのようにも見える美しい生命の神秘。食べたら消えるものだなんてとても思えない。その一片を私は今手にしている。今私にできることはこれを美味しく食すこと。やはりスズメバチのことなど思考から追い出されていた。大事に味わって食べよう。そう思いながら巣蜜を口に運んだ。

 肩の荷が下りたような解放感と、巣蜜のおいしさによる幸福感はしばらく私を支配していた。快感に身を任せ、私は一気に窓を開けた。

 全治一週間でした。

 

(完)

 

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