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蜂蜜エッセイ応募作品

あの日の蜂蜜

ハッピーハニー

 

 まだ小学校に上がる前のことだ。近所に私より少し年上の女の子がいた。田舎には珍しい学者の娘さんで、すらりとした長身がバイオリンのケースを提げて歩く姿を原っぱの中からまぶしい思いで眺めたものだ。しかし彼女が私たちと走り回って遊ぶことはなかった。
 きっかけは覚えていないが、ある日私は彼女の家に上げてもらった。初めて見る本物のピアノとソファに、どうしようもなく緊張したことはよく覚えている。お母さんがニコニコと出してくれたおやつは、温かいミルクと蜂蜜を塗った食パン。それをつまみながら、彼女は言った。
 「私、体が弱くてね。栄養があるからって、毎日これを食べてるの」
 そうか、私たちを嫌っているわけではなかったのか。それ以来、私たちは少し仲良くなった。おとなしいが優しい人で、登校途中に上級生から意地悪された私を気遣わしげに振り返った目は忘れられない。その後まもなく、お父さんの研究のために一家は引っ越し、付き合いはそれきりになった。
 彼女の訃報に接したのは、まだ青春まっただ中の頃だった。それから何十年か過ぎ、私が病気になって入院したときにいただいたお見舞いの品に、蜂蜜はあった。とたんに彼女のことが蘇り、あの日の通り食パンに塗って食べてみる。甘くてやさしい。それはいつか私を振り返った彼女の目、いや彼女そのものだった。彼女の命を私の中におさめるような気持ちがした。自分の命に重ねて、初めて彼女の命に思いを寄せることができたのだと思う。
 健康を取り戻した今も毎日小さく切った食パンに蜂蜜を塗って食べる。そうすることで私は「忘れていないよ」というメッセージを彼女に送っているつもりだ。美貌と才能に恵まれながら、長命には恵まれなかった彼女が見られなかったものを、これからも一緒に見ていきたい。

 

(完)

 

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