木野田博彦
久しぶりに慣れない道を長時間ドライブしたのがいけなかったのか、帰宅後、突然胃腸の調子が悪くなり、翌日から急遽入院ということとなってしまった、内視鏡カメラで精密検査をすることとなり、丸々5日間何も食べることができなかった。幸いにも大したことはなく、6日目からはおかずなしのお粥だけが出されることとなった。点滴の注射針と管をつけた状態で、することもなく天井を見つめるが、時間がたつのが遅すぎ辛くなり、スマホを取り出して映画を見ることにした。あいにくイヤホンの調子が悪く、しかも部屋は4人部屋ということもあり、周りに迷惑をかけないために、チャップリンの無声映画キッドを見ることにした。チャップリン自ら脚本を書き。音楽をつけ。監督をした名作である。無声映画なので音なしでも十分楽しめる映画であった。この映画の中で、浮浪者チャップリンに拾われた少年が実においしそうに、ハチミツをたっぷりかけたホットケーキを食べるシーンがある。何気ないシーンではあるがチャップリンは何度も撮り直し、何度目かにやっと満足のいく撮影ができたということを聞いたことがある。そのせいもありハチミツがかかったホットケーキが実においしそうであり、空腹の私にはちょっと辛いシーンでもあった。そんな名作キッドではあるが、終盤私はついうとうとして眠りに就いてしまった。すると夢の中で5年前に亡くなった母が出てきたのだった。遠い昭和の日の、まだ若い日の母であった。幼い頃、熱ばかり出して、母には心配ばかりかけてきた。そんな私のことが気になって、夢の中に出てきたのであろうか。しかし目が覚めると当然母はいなかった。そしてそれがどんな夢であったのかも忘れてしまった。しかししばらくすると、さっきまで見ていたキッドの1シーンと、母が幼い頃よく作ってくれたおやつのホットケーキとが重なってきた。火鉢の上にフライパンを置き、ホットケーキがこんがりときつね色に焼けたところではがしでひっくり返し、両面が焼けたらナイフでバターを切ってのせ、そこにたっぷりとハチミツをかけ食べたあの日のホットケーキ、私がおいしそうに何枚もお替りする姿を、母は目を細め嬉しそうに眺めていた。あの日のハチミツをたっぷり付けたホットケーキ、もう一度食べてみたい。幸い間もなく退院できそうである。私を心配ばかりしていた母にはもう会えないが、代わりに妻に作ってもらおう。その日が楽しみだ。
(完)
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