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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

蜂蜜いろの夜

神原涼子

 

 二十年程連れ添った愛犬が、好んだ散歩道に養蜂場があった。そこを私たちは「猫たちの秘密の学校」と呼んでいた。
 十匹を超える猫と、番のセキセイインコと文鳥とお祭りの金魚と亀。それからヤモリと蛇にお化け蜘蛛。無数のダンゴ虫。そういった者たちが幼い頃から周りにいた。祖となった猫は美女であったから、子孫を山程のこしてくれた上に、仔猫たちと共に病がちな私の面倒もよく見てくれていた。熱を出しても枕元に彼女が鎮座し、ざらつく舌で汗をすくってくれていれば、不思議と楽になったものだ。そういう風な、猫が子守をする様な家であった。長い月日が過ぎ去った今も、彼女の最期は目にしていないからか、未だに何処かで生きて居てくれているような気がする。琥珀色に輝く、怪しく美しい瞳の持ち主であった。そんな彼女が時折、姿をくらます事があった。野良出身の彼女であるから、再び流浪に出てしまうのかと気が気でない私は、ある夕刻、こそりと後をつけてみた。心から、身体の小さい子どもで良かったと思う。二度と通れぬ道を何度もくぐってたどり着いたのは、ぽっかりと林のなかに空いたクレーター。同じ大きさの木箱たちが行儀よく並んでいて、まるで教室みたいだと思った。微かに虫の羽音がうなる他には音もなく、蜂蜜色のお月様の光に照らされた一切合切は、ただ静かに、そこに居た。どれくらい呆けていただろう。見失った筈の彼女がガサリ、と茂みを分けて現れ「先生の机」の位置にある木箱の上で香箱になる。とても軽やかに。当たり前の様な顔をして。美しい目が私を捉え、内緒だよ、と言った気がした。
 それからどうやって帰宅したのかは記憶にない。後に彼女が去ってしまい、少し成長した私はあの場所が学校ではなく養蜂場で、木箱は座席ではなく蜂たちの寝床だと知った。
 二度と通れぬ道の在りかも、予想できるようになった。そうやって得たものと同時に、たくさんの魔法を失っていったけれど、美しい瞳の彼女が残していった月夜だけはこの胸に在る。月明かりに輝く木立の中に、誰かが忘れていったみたいに在った場所。あんなに心が静かだった時間を私はほかに知らず、今も忘れられないでいる。二度と会えないだろう彼女の思い出と共に。

 

(完)

 

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