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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

ひとさじのハチミツ

シオヤキ

 

 忘れられないハチミツがある。退院して家に帰ってきたとき、母が私に差し出したひとさじのハチミツだ。
 高校生のとき、酷い腹痛と高熱で救急搬送された。膵臓で炎症を起こしており、すぐに入院し、絶食での治療が始まった。熱や痛みが治まっても、飲食が許されるようになるまでが長かった。飲食を再開するタイミングを見誤れば、治療がどんどん長引いてしまうからだ。治療が進んで飲食が許されるようになってからも、私は食べる気力がなかった。長い期間食べていなかったせいで胃も小さくなっていたし、またあの腹痛が来てしまうのではないかと思うと、食欲が全く湧かなかった。
 なんとか退院して家に帰ってきてからも、食欲は戻ってこなかった。口にできるのは水分ばかり。そんな私を見て、母は小さなスプーンにハチミツをにゅっと絞り出して、私に差し出した。
 とろっとした黄金色が乗ったスプーンを口に入れた。喉がきゅっとなって、鼻の奥がツンとした。ほぼ水のようだった病院のおかゆにはなかった甘い香りが身体にしみこんでいった。ああ、私はまだ食べられる。そう思った瞬間だった。
 今でも私はお腹が弱く、物を食べることに苦労している。でも、あのハチミツを思い出すたび、まだ食べられる、まだ生きられると思うのだった。

 

(完)

 

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