渡邊佳奈
「はぁ。何にしよう。」
雪は降らずとも、骨にしみいるような冷たい風が、冬をアピールしてくる。また、忘年会の時期がきた。うちの職場の忘年会は例年、小さなプレゼント交換企画が盛り込まれている。年末のこの忙しい時期に、決められた予算の中で、誰に渡ってもよさそうな物を選ぶことは中々難しい。
久しぶりに、まだ人が動いている時間帯に退勤できた金曜日。通勤路の途中駅で下車した。
鎌倉駅。
土日の昼間は観光客でにぎやかだが、平日の夕方となると小町通りもこんなに歩きやすいものかと思う。
ふと、はちみつ屋さんが目に入った。こんなところにはちみつ屋さんあっただろうか?
買う気もないのに、ふらりと入る。
笑顔の店員さんが試食を勧めてくる。やさしい笑顔に引き寄せられて、数種類のはちみつを試食した。小さな匙一つ分なのに、少しずつ味が違うのが分かる。はちみつも、花によって、ミツバチによって、本当にいろいろあるのだと分かった。いいものはいい値がすることも分かった。
少し考えてから、決めた。
忘年会のプレゼントは、はちみつにしよう。
わたしは買うことを決めた。たまたま立ち寄った、買う気もないのに入ったはちみつ屋さん。自分ではわざわざ買わない(であろう)ちょっといいはちみつ。ヨーグルトに入れても、紅茶に混ぜても、トーストにぬっても、どんな楽しみ方だってできる。そして、それがちょっといい貰い物だとしたら、うれしさが増す…気がしたのだ。
甘味と舌触りと、きらきら光るはちみつをみながら、2種類のはちみつに決めた。予算もあるので量こそ多くないけれど、プレゼントではちみつを選んだのは初めてだったので、なんだかうれしかった。わたしのものではない、誰かに渡るはちみつ。きれいな小箱に入れてもらい、リボンまでかけてもらう。あぁ、なんてかわいいプレゼント。きっと、はちみつの甘さが舌に残っていたのもあるだろう、仕事終わりとは思えないやさしい気持ちに包まれた。
結局そのプレゼントが誰に渡ったのかわからないまま忘年会は終わって、その忘年会からもう何年も経った。
しかし、ちょっと甘い口の中をもう一度確かめるように舌を回したことや、かわいくラッピングされたはちみつを持ってお店を出た時の空気の冷たさは今でもはっきり思い出せる。
あの時のはちみつを買ったうれしさに賞味期限はないようだ。
(完)
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