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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

希いを植える

杉本 厚仁

 

 三十八年間勤めた仕事を定年退職しました。
 「さて、これからどう生きようか」
 すでに退職された先輩が教えてくれました。
 「老いるとは歯が抜け、髪が抜け、筋肉が落ちる。年をとったら失うことばかりだから、余生は無理をしないで生きるのがベストだよ」
 でももうひとりの自分が囁きます。
 「できたら新しいことに挑戦してみろよ」と。
 その答を探しあぐねて、在職中に渇望していた初秋の裏大山の麓を散策しました。
 仰ぎ見る山 々は紅葉し、蒼く高い空の下で鮮やかな衣をまとい始めていました。
 「でも紅葉するということは、葉っぱたちがその一生を終えるということでもあるんだな」
 そんなことをぼんやり考えながら、村から一kmほど離れた里山にさしかかったときです。
 「おや?」
 すぐそばの畑で、おじいさんが背中を丸めて、一心不乱に木の苗を植えておられます。
 少しためらいましたが思い切って、
 「こんにちは。何を植えておられるんですか」
 振り向いたおじいさんの笑顔がやわらかい。
 「ああこれか、栃の木じゃよ。栃の花の蜜をとるために植えているんじゃ。栃の花の蜜はほんのりした酸味とコクがあるすっきりした味なんじゃけど、近年伐採が進んで栃の木そのものが少なくなってしまってのぉ」
 「でもいま植えてもすぐには大きくなりませんでしょう。何年計画ですか」
 「花を咲かせるまでに四十年。花が蜜を出すにはさらに十年かかる。どう考えても、わしの口には入らんよアッハハハッ」
 老人は八十歳代の前半でしょうか。
 だとすると、この栃の花の蜜をなめられるのは彼の孫の代から、ということになります。
 自分のためでなく、後世の人たちのために残りの人生をささげる。それも一生懸命に。
 私は胸が熱くなりました。そしてこれからの生き方を暗示してもらったような気がしたのでした。

 

(完)

 

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