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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

無題

雛野 萌

 

私にとって蜂蜜といえば、いつも祖父がどこかの養蜂場で買ってくる深い鼈甲色の大きな瓶のことだった。重くて、ずっしりとした瓶に詰まっている鼈甲色の世界…。
「これはいい蜂蜜だからね。」決まって祖父はそう言って、大切にその蜂蜜を使っていた。
しばらくして私は結婚することになったのだが、生まれて初めて家を出る私に、祖父はその大きな蜂蜜の瓶を持たせてくれた。「これ持って行きなさい。これはいい蜂蜜だからね。」と言って。
鼈甲色の蜜が入った大きな真新しい瓶を私のためだけにくれるなんて、何だかとても贅沢な気持ちになったのを覚えている。二人で使い切れるかなぁ、なんて当初は思っていたのだが、その内に大きな鼈甲色の瓶は、底にじゃりじゃりと固まった蜜だけが残る“無色透明”の瓶になった。それでも私から、「あの…蜂蜜使い切っちゃたんだけど、新しいのあるかな?」と祖父に聞くことは何だか悪いような気がして出来ず、どこかで蜂蜜を買わなくちゃなぁなんて思っていた。実際に自分で選んで買ったことはいつかの物産展での一度きりだったし、大好きな蜂蜜の“詳しいこと”を、実は私は何も知らなかった。
ある日、ふと家の近くの乾物屋さんに蜂蜜が置いてあったことを思い出し、買い物がてら寄ってみることにした。
店内の真ん中あたりに蜂蜜の瓶がたくさん並んでいた。百花蜜、アカシア蜜、菩提樹蜜、クローバー蜜…。「えーどう違うんだろう…。」誰に話すわけでもなく呟く私に、お店の方がそれぞれの特徴を説明してくださった。私としては、あの祖父がくれる蜂蜜に近いものを選びたかったわけだが、何となく一番それに近しそうな、菩提樹の蜂蜜を買うことに決めた。それぞれ大きな瓶と小さな瓶があり、まずはお試しで小さなサイズを買ってみることにした。小さな琥珀色の瓶のことを思いながらわくわくした気持ちで家に着き、早速蓋を開けティースプーンに掬って舐めてみると、ハーブのような香りとともに、蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がった。「へぇ~これはこういう感じ何だー!」舌触りは思ったより軽く、祖父がくれるあの蜂蜜とは少し違った風味だったけれど、これもとても美味しかった。ふと、戸棚の中にある底をつきそうな蜂蜜の瓶を手に取ってみると、瓶に貼られたラベルの下の方に、色褪せた文字で「クローバー蜜」と書かれていた。「あなたはクローバー蜜だったのね!」と心で笑いながら、ほっこりとした幸せな気持ちになった。ずっと連れ添っていたのに名前を知らなかったなんて、あまりに可笑しい。それが何であるのか、今まで考えたこともなかった自分を少し恥じたけれど、私にとって蜂蜜はそういうものだった。そこには揺るがない絶対的な信頼があり、それ以上でも、それ以下でもなかった。そして今日、私は新しい蜂蜜と出会った。正に「蜂蜜記念日」である。
例えば、種類の違う小さな瓶を集めて、その時の気分や合わせる食材によって蜂蜜を使い分けてみても面白いかもしれない。それが名案であるかのような嬉々とした気持ちに包まれながら、私は夕食の準備に取りかかった。 

 

(完)

 

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