工藤 隆平
小さい頃、祖母の作る鰤の照り焼きが、お正月の私の唯一の楽しみだった。
我が家のお正月は、親戚一同が祖父母の家に集まって過ごすという習慣がある。
ただ、小さい頃この習慣があまり好きではなかった。引っ込み事案の私にとって、年に数回しか会うことのない大人たちとの会話は難しく、何とも言えない居心地の悪さを感じていたのだ。今でこそスマートフォンや携帯ゲーム機などといった娯楽があるものの、当時はそんなものもなく、退屈な時間が早く時間が過ぎることだけを願っていた。
また、大人たちはおせち料理を酒のつまみにしながら談笑に花を咲かせている隣で、当時好き嫌いの多かった私は黒豆や昆布といった中から唯一食べられるかまぼこだけを選んで口に運んでいた。
「はい、どうぞ。おせち料理が嫌いでもこれなら食べられるでしょ?」
見かねた祖母は、私の前に鰤の照り焼きを並べた。
本来であれば、宴会が一段落したところでご飯とお味噌汁と一緒に出されるのだが、おせち料理を食べない私に、祖母はいつも大人たちよりも先に作ってくれるのだ。祖母の作った照り焼きは、甘辛い醤油のにおいと表面のツヤが美しく、いつもおかわりをしていたことを覚えている。
「おばあちゃんの照り焼きってなんであんなにおいしいの?家で出てくるのよりも、キラキラしてるし…」
何とか母にも作ってもらえないかと、一度子供ながらに祖母にレシピを聞いたことがある。
「ばあちゃんの照り焼きには蜂蜜が入ってるから、もしかしたらそれかもしれないねぇ。蜂蜜を入れるとツヤが出てより一層おいしそうに見えるからねぇ」
祖母の作る鰤の照り焼きの秘密は蜂蜜だったのだ。
秘密を知った私は、家の照り焼きにも蜂蜜を入れて欲しいと母にお願いし、その日から美しいツヤの照り焼きが我が家の食卓にも並ぶようになった。
現在は、一人暮らしで自炊も行うようになったが、今でも祖母のレシピ通り、照り焼きを作る際には必ず蜂蜜を入れるようにしている。お正月の集まりでは、いつの間にかお酒を飲む側に回ってしまったが、祖母が作る鰤の照り焼きだけは変わらず、キラキラとした輝きを放ちながら私のお正月を楽しませてくれる。
(完)
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