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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

クローバー

近江 友子

 

 私がまだ小学校に上がる前、北海道の夏の夜のことだった。六十年近く前のことだ。
 父が雑貨屋の店の電気を消し、家族六人揃って食卓を囲み夕飯を食べ始めた時、店先で賑やかな声がした。両親が出迎え、笑い声といっしょに、初めて見るおじさんとおばさん、その横から私と同じ年頃の女の子が顔をのぞかせ、大きな声で「こんばんは」と言った。
 日焼けした真っ黒な顔で無邪気に笑うと、歯の白さが際立ち見るからに健康そのものだ。人見知りする私は箸を置き、奥の部屋へ逃げ込んだ。
 彼女の名前は睦美。皆、むっちゃんと呼んだ。彼女の家は養蜂家で、巣箱と共に全国の花を探し旅をしている。
 行く先々で空き家を借りる生活だった。私の父が家を世話したことで親しくなり、いっしょに食事もした。
 むっちゃんは、誰にでも人懐っこく、元気で明るく、礼儀正しかった。だからなのか、いつしか毎日いっしょに遊び、いつも私がむっちゃんを追いかけていた。
 ある日の午後、彼女のお父さんが、大きなボウルを抱えて来た。食卓に置くと甘い香りが部屋中に広がった。覗くと、蜂の巣の欠片と蜂蜜。初めて見た蜂の巣の形と白さに圧倒され、子どもながらにも美しいと思った。
 「ともちゃん食べてごらん。クローバーの蜂蜜だよ。蜂の巣は噛んだら飲み込まないで出すんだよ」と言われ、恐る恐る口にした。噛むと、柔らかくほどけ、蜜があふれる。その食感は例えようがない。むっちゃんと黙々と食べ、お互い蜂蜜だらけの顔を見合わせ、声を上げて笑い転げた。
 その夜遅く、養蜂屋さん一家は次の場所へ旅立った。朝、玄関先に大きな段ボール箱が置いてあった。開けると、蜂蜜の瓶がたくさん入っていた。
 そんな夏が三、四年続き、やがて訪ねて来なくなった。
 今は、百貨店や観光地に行くと、お洒落なラベルが貼られた蜂蜜が何種類も売られている。花の種類で、色、味、香りが違う。むっちゃんとの思い出の蜂蜜はクローバー。淡い色が懐かしい。彼女の笑顔が浮かぶ。あの元気さと優しさの源は蜂蜜の効用に違いない。
 年をとったむっちゃんは今も満面の笑みを浮かべ、私と同様皺もたくさん増え、きっと逞しく生きていることだろう。

 

(完)

 

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