エウ・レカ・ヴァージン
はちみつレモン――それは、青春の味。
僕は中学生時代陸上部に所属し、短距離選手だった。当時、陸上の大会は六月から七月にかけて行われた。
僕が育ったのは、鹿児島県にある奄美大島。早ければ六月には梅雨明けをする。七月の日差しはとても強かったことを覚えている。
猛暑の大会の中、自分の出番を終えテントへ戻る。テントには、親御さんが麦茶などを用意してくれていた。そして、そこには必ず誰かが作ったはちみつレモンがあった。
「お疲れ様。これでも食べなさい。元気になるわよ」
そう言って差し出されるはちみつレモンは、フレッシュなレモンを薄く輪切りにし、はちみつに漬けたものだった。僕は、この食べ物のレモンの酸っぱさとはちみつの甘さのバランスが好きだった。誰かが作ってくれたはちみつレモンを僕は必ず食べていた。
はちみつレモン――それは、不器用な父の味。
中学二年生の時、僕は右足の付け根を痛めた。競技中に、右足が上がらなくなったのだ。 その時の僕の成績は散々だった。大会前日までは良いコンディションだっただけに、悔しかった。
テント内で落ち込む僕に父がはちみつレモンを差し出す。
「これでも食え」
言葉足らずの不器用な父だった。僕の落ち込んでいる姿を見て、なんとかしたかったんだろう。でも、僕は一人にして欲しかった。
「いらない」という僕に、もう一回はちみつレモンを差し出す。
「いいから、食え」
半ば怒ったような表情で言う。仕方なく父が差し出すはちみつレモンを口にする。
「あまっ!なにこれ?」
いつもより甘すぎるはちみつレモンに驚いた僕だった。
話を聞くと、父の自家製だと言う。レモンにはちみつをかけるだけではなく、父は砂糖も入れていたのだ。
「せっかくのはちみつレモンに何してくれんだよ」
僕は目の周りの湿りをそのままに、笑いながら父へつっこんだのだった。
はちみつレモン――人を元気にさせる味。
今度は僕が誰かのために作ってあげよう。
(完)
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