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蜂蜜エッセイ応募作品

一本の電話、ひとさじの命薬

柴わんこ

 

 コール音がひっきりなしに鳴り響く。各地の医療機関から届く膨大な検査報告書に目を通しながら、指先はもうすでに電話の発信ボタンを押していた。一刻も早い安否確認が必要なのだ。たった一本の電話でも命を救う糸口になった場面に幾度となく遭遇してきた。
 保健所に勤めてからもう1年が経とうとしている。第5波から第6波と株の特徴も変化してきたが、医療者側もそれに負けじと調査体制を進化させてきた。ウィルスとの根比べである。
 電話の向こう側にいる陽性者の声、背景の生活音に耳をすませる。息も途切れ途切れに症状を説明する患者、そして喘息発作で眠れずにいる幼き日の自分が重なった。喉の痛みとじわじわと気管支が塞がっていくあの独特の恐怖感は大人になった今でも鮮明に蘇る。
 薬を飲んでも症状が落ち着かないことはよくあった。そんな時は決まって祖母の皺くちゃの優しい手が薄暗いキッチンに手招きをしてくれるのだ。「これはオバアのとっておきの命薬(ぬちぐすい)よ。みんなには内緒ね。」と言ってティースプーン一杯分の黄金色のきらめきが私の口に運ばれる。とても誇らしい気分になった。喉をじんわりと温めながら、良薬は口に甘かった。喉だけではない、心まで温かくなったから安心して眠れたのだ。
 大人になって、基礎医学を一通り学び、オバアの命薬は瓶詰めの蜂蜜であったこと、専門用語で言うところの対症療法に過ぎないことに気がついた。それでも確かに症状が幾分か和らぎ心が救われたのは事実だ。科学を持ってしてもオバアにかけられた魔法は解けなかった。
 新興感染症には特効薬がない。対症療法が治療の中心となっている今、皆の命薬は何だろうかと思いを馳せる。きっとそれは出生地や生まれた年代によっても差異が出てくるだろとは思う。でも何だか蜂蜜だけは老若男女問わず、命薬としている人が多いような予感がしている。電話横に置かれたはちみつレモンののど飴。残りの1個を少し遠慮しながら口に運ぶ。またじんわりと心が温かい。

 

(完)

 

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