中道瑞葉
中高一貫の女子校に入り、部活を生物部に決めた。運動部は厳しそうで怖かったけれど、生物部ではハイキングで植物観察をするのだと聞いて、のんびりできそうだと安心していたのだ。
ところが。
初めて迎えた夏合宿で、私は長野の山岳ルートにいた。標高二五九九メートル、金峰山。
生物部の実態は、山岳部だった。
「標高が上がると、植生が変わるんだよ。信濃川上駅の近くにあった千曲川の土手には、イタドリやマルバハギがたくさん生えていたでしょう。大体千八百メートルを超すと、コメツガやシラビソの針葉樹主体になってくるからね」
部長たち高校二年生のお姉さま方は、荷物がぎっしり入ったリュックを背負いながら、ひょいひょいと岩だらけの山道を登っていく。ついこの間までランドセルを背負っていた中学一年生には、部長たちの説明を聞いている余裕なんてない。足を交互に前に動かしてキャラバンについていくのがやっとで、次の休憩がただひたすら待ち遠しかった。
やっと着いた山小屋で荷物を降ろし、じんじんして蒸れた足を登山靴から解放して休んでいると、部長が水場の近くで、大きなガラス瓶を持って私たちを呼んだ。
「はちみつレモンがあるよ!」
果実酒用の巨大な瓶にぎっしりと薄切りのレモンが、はちみつに漬けられて重なっていた。ひとつはレモン色で、もうひとつは濃い飴色。
「黄色がアカシアで、茶色っぽいのがレンゲだよ。味の違いで植物を知るのも、おもしろいでしょう?」
お姉さまたちは前日にふもとの近くのはちみつ屋さんに出かけていて、山小屋で飲むために準備してくれていたらしい。山小屋の水は全て湧き水で、八月だというのにキンと冷えている。黄金色のはちみつはコップの冷水にとろりと沈んで、指でレモンをつついて混ぜながら、レモン水の甘みと酸味を体いっぱいに味わった。二種を飲み比べながら、自分はレンゲの方が好きだなと思った。
「高校生になったら、君たちがはちみつレモンを用意して、後輩のために担いで登るんだよ。それまで、がんばって体力をつけようね!」
絶対無理、と内心嘆いていたものの、不思議なもので、毎年合宿に出かけているうちに足腰が丈夫になり、自分が部長になったときには、おなじ言葉を後輩にかけていた。
きっといまでもあの部活では、お姉さまから後輩へのはちみつレモンが恒例行事になっているに違いない。
(完)
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