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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

あぁ、今日も

ハヤテ風

 

 祖母が家に一人で暮らしていた頃を時々ふと思い出す。あの家にはいつも変わらない匂いが満ちていた。線香と剥きかけの蜜柑、そしてほんのり甘いプロポリスの香り。それら全てが柔らかく溶け合い、薄く空気に染みついている様な、どこか不思議で優しい匂い。
 栓抜く!火消す!…祖父の永逝から二十年余り。家に残った祖母は、様々な場所に貼られた注意書きを着実にこなすことで、毎日を平穏無事に収めていた。
 「ほれ、暗なってきたで、もう帰ってかなあかん!」
 用事が済み、帰りあぐねる母と私に、祖母は決まってそう促した。自らに言い聞かせる様に、寂しい背中を見せない様に。帰り際にくれる何かは、ポチ袋に入ったお小遣い、しわくちゃのお札、先程一緒に買った祖母のパンと、時と共に変わっていったが、別れる時に合わせる祖母の手は、いつもほの温かかった。家の前でポツンと見送ってくれる祖母の姿は、帰り道の母娘を無口にさせた。このままで良いはずはない。だが、その孤独な暮らしの中に私達の知る祖母らしさが成り立っている様にも思われた。危うさを秘めた時は優しく、祖母の大切にする花々は何度も咲き匂った。そしてある日、祖母は家で一人大怪我を負い、病院へ運ばれた。幸い九死に一生を得たものの、その後の生活の在り方が大きく問われた。家か施設か。どちらかを捨てないといけないはずはないのに、それは「精神か肉体か」という、究極の二択の様に思われた。皆がその両方の安寧を願う一方で、それぞれに己の暮らしと困難があった。只、何が祖母にとっての幸せかを、全員が考えに考え抜いたことは間違いない。
 最近、施設で98歳を迎えた祖母は、自分の年齢を聞いて驚き、母や叔母に分けてあげると言っていたらしい。電話口でそれを聞いた時、今や遠くで生きる私の心に、確かな香りが蘇った。あの、不思議で優しい匂い。あぁ、祖母は今日も祖母でいてくれている。

 

(完)

 

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