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蜂蜜エッセイ応募作品

ハチと青色と優しさ

石幾田隹

 

 記憶がおぼろげになるくらい、幼い頃のことだ。その時は、まだ幼稚園に入園していなかった。
 私の地元には「おやこクラブ」というものがある。就園前までの子どもたちと両親たちが、交流できる場所のことだ。同年代の子たちと一緒に遊んだり、季節のイベントを楽しんだりした記憶がある。子ども目線で見れば、親が一緒にいるタイプの幼稚園といった感じだったと思う。
 私が通っていたおやこクラブには、とあるボールがあった。それは私たち子どもの間で、絶大な人気を誇っていた。ちょっと硬質だけど、別に特別なことはない青色のボールだった。人気の理由は、やはり記憶の片隅で埃を被っている。たしか、クラブの施設にあるボールは、どれも空気が抜けて元気がなかったが、その青色のボールだけは違った。とかだったと思う。毎日取り合いの喧嘩が起こる中で、私の勝率は高かった。
 さて、このボールがどう「ミツバチ」に関係するのか。
 ある時、私はハチを見つけた。とは言え、私の地元は緑豊かな山あいの田舎である。ハチは特別珍しいものでもない。
 そのハチは地面に力なく横たわっていた。珍しくないと言っても、普段は飛び回っていてじっくりと見ることができない生物だ。私は当時から好奇心旺盛な子で、ハチの体の構造が面白いとか、黄色といっても灰色がかっているのだなとか、観察をしていた。
 不意に、ハチがわずかに身じろぎした。私はそれを見て、「こけてしまって起き上がれないんだ。かわいそう」と思った。
 だったら、起き上がる手伝いをしてあげよう。
 思考回路も幼い私は、そのハチに指を近づけた。指に掴まってくれたら、助け起こせると思ったのだ。
 当然、指にはハチの針が容赦なく突き刺さった。
 突然の痛みに私は泣き叫び、母も、友達の親たちも先生も大慌てし始めて。その場にいた何人もの友人たちは泣き叫ぶ私を見て、驚いていた。私はあまり泣かない子だったと思う。記憶の改ざんかもしれない。
 ともかくだ。驚いた友人たちは、一度どこかに走り去って、大急ぎで何かを抱えて戻ってきた。
 ――それは、あの青色のボールだった。
 それが私のお気に入りであるのは、周知の事実だった。友人たちはボールを私に渡して、「大丈夫?」「泣かないで」と慰めてくれた。
 みんな欲しいはずのボールを、泣いている私のために躊躇いなく差し出してくれるみんなの優しさが嬉しかった。
 ハチに刺された痛みは一瞬でなくなっていた。でも、その優しさを享受したくて、しばらくの間、私は嘘泣きを続けていた。

 

(完)

 

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