ほろろ
あれは確か小学三年生の冬。その年は不穏だった。母がパートに出るようになったのだ。
私たち姉妹は双子。双子にとって、それまでつきっきりで愛情を注いでくれていた母の不在はまるでこの世の終わりのように淋しく、悲しいものだった。
早い夕方、学校から帰るとおやつに合わせて紅茶をいれるホットタイムが双子の日課となっていた。紅茶といってもティーバッグ、私たちが茶葉で淹れるおしゃれな飲み方を覚えるのは、それからさらに15年の時を要する。
「大変!お砂糖がもうないよ!」砂糖入れを開けた妹が、突然大声で叫んだ。当時、母は多忙だった。双子の育児に今度は仕事、父の出張も多かった時期。私たちのお手伝いもさほど期待できなかったと思う。
「一人分?二人分?一人分あるなら私は我慢するよ」わずか30分早く生まれただけだが、ここは姉である私が妹に砂糖を譲るのが当然だろう。しかし、妹は首を横に振った。
「やだ。同じの飲みたい」「えっ?」
何だよ、わがままだなーと思いつつ、当時はまだ〝何でもお揃い〟ということに安心感を持っていた。でも――
そのとき、私の目にテーブルの上の琥珀色の物体が映った。
「はちみつ・・・そうだはちみつだ! はちみつ入れてみない?」
埼玉県の田舎で育つ私には〝紅茶にはちみつを入れて飲む〟なんて、まるで大冒険的な発想だった。
これまで食パンにしか使わなかったはちみつ。甘さは充分だろうけど、果たして美味しいのかどうか――
「いいね! 飲もう飲もう!きっとおいしいよ!」すると急にテンションが上がった妹が、私の心配をすべて吹き飛ばしてくれた。
私たちは迷うことなく入れた。褐色色の紅茶に、未知数のはちみつを。結果は、予想以上のものだった。
「お、おいしい~」先に声が出たのは妹だった。そして私もすぐに続いた。「いい香り・・・」
あの時の、じんわりと体に染み込んでいったはちみつの美味しさは、45年経った今でも忘れられない。双子の甘い大冒険は、今も温かく続いている。
(完)
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