木野田博彦
私が子供の頃、もう50数年も昔、小学校では米飯給食が導入される前で、主食は食パンでたまに揚げパン、うどんが出されるという感じであった。食パンは今のようにおいしくはなく、味のないぼそぼそした感じのパンだった。そのため必ずマーガリンか蜂蜜、マヨネーズ、ジャムのどれかがついてきて、多くは銀紙に四角い形で包まれた硬いマーガリンであった。硬いマーガリンは柔らかいパンには塗りづらく、おいしくなかった。だからたまに蜂蜜が出ると嬉しかった。蜂蜜はこけし型をした、透明の容器に入っていて、容器の中には製造の際に入る空気の泡が蜂蜜の中に入り込んでいた。子供たちは「いただきます。」をする前に、必ずと言っていいほど、そのこけし形の容器を逆さにして、ゆっくりと琥珀色の蜂蜜の中を上昇していく泡を、何か宇宙船か何かのつもりでぼんやりと眺めていた。そして蜂蜜はこけしの頭に当たる丸い部分を回して取り去ると、糸のようにパンの上に流れ落ち、やはり子供たちは、蜂蜜でパンの上に思い思いの絵を描いて食べていた。給食は好きではなかったが、蜂蜜が出るときは嬉しかった。その後小学校の教員になった私は、退職するまで40年近くもの間給食を食べ続けた、給食は子供のころに比べるとメニューも豊富になり、格段とおいしくなった。しかし蜂蜜が出されることはほとんどなくなってしまい、何か寂しい思いになった。
子供の頃は給食以外にも、もっと蜂蜜が身近であったように思う。当時母は大瓶に入った蜂蜜をよく買ってきてくれた。そしておやつにはホットケーキを作ってくれることが多く、マーガリンとたっぷりの蜂蜜をかけて食べたものだった。おそらくそれが安上がりのおやつだったのであろう。そのように蜂蜜は私にとって子供の頃の思い出と重なり、「蜂蜜」と聞くと幸せな気持ちになってくる。
子供の頃、東京近郊の我が家の周辺には菜の花畑や、蓮華畑も広がっていて、自然と蜜蜂も多かった。おそらく当時は国産の純粋な蜂蜜も多く採れたのであろう。しかし今は安価な外国産のものが多く流通していると聞く。のどかな風景も今は宅地化が進み、昔の面影がない。寂しい限りである。大人になり子供の頃よく味わった国産のおいしい蜂蜜に出会う機会は減ってしまった。久しぶりにあの時の蜂蜜に出会って、遠い懐かしい小学校時代のこと、今は亡き母のことを偲んでみたい。
(完)
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