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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

ソ連兵からの蜂蜜

大阪のアン

 

 昭和20年8月ソ連軍は樺太に侵攻してきた。我が家の近くでも戦闘があり、母に手を引かれて逃げ回った。止まない銃声に、隠れた縁側の床下にしばらく留まった。通りが静かになった頃を見計らって、まず母が出て行きその後に私も続いた。
 父は仕事で出かけていた。
「お父さんは大丈夫だろうかね」
 母の心配すること頻り。
「きっと大丈夫だよ。だって僕の父さんだもの。力持ち出し、走るのも速いよ」
 母を安心させようと、精一杯の思い付きを咄嗟に口にした。
 1時間半ほどして父は帰ってきた。ソ連軍が通り過ぎるまで隠れていたらしい。

 やがて我が家にソ連兵がやってきた。土足で上がり込んで隈なく調べ、接収された。私たちは裏庭の離れに追いやられた。台所も便所も風呂もなかった。母屋のを借りる羽目となった。
食料が不足し、お腹いっぱい食べられない日が続いた。父は市内を走り回って調達しようとしたが、何処にも余裕はなかった。
「母さん、ソ連の兵隊さんはいいね。いつも蜂蜜たっぷりの黒パンを食べているよ」
私が用を足しに行くと、詰め所に数人の兵士がたむろして、美味しそうに食べていた。その傍らを通ると、必ずお腹が鳴った。
「こうなったら、頭下げて少し分けてもらおう。ちょっと行ってくるわ」
父は母屋に出かけて行った。
1時間経っても帰ってこない。
「お父さん、捕まったんじゃないだろうね。シベリア送りなんて、ごめんだよ」
母はもう居ても立っても居られない。
それから30分ほどして、黒パンと蜜を抱えて戻ってきた。
「俺のロシア語も満更じゃないね。通じたものだから話が弾んで、パンも蜜もこんなにもらってしまったよ」
独学のロシア語が通じたとは驚きだった。
スライスした黒パンにたっぷりと蜜を垂らして口に運んだ。甘い香りが口いっぱいに広がった。噛むほどに蜜と混じった黒パンは、まるで天使からの贈り物のように思えた。
その後、父は時々食料をもらってきた。蜂蜜は舐めるだけでもハッピーな気分となった。よく母の目を盗んでは舐めた。今でも私の舌はあの味を覚えている。

 

(完)

 

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