アスカ
―帰りにのど飴買ってきて
母にラインを送って三十分が経とうとしている。
今日は残業なのだろうか、一向に帰ってくる気配はない。こういう日、母はスマホを確認せずに急いで帰ってくることが多いからな。
何やら嫌な予感がする。
「ただいま。はー疲れた」
買い物袋を肩から下げた母が帰ってきた。
「おかえり、のど飴買ってきた?」
「え?何のこと」
やっぱり。私の予感は的中した。
「ラインしたよ。スマホ見た?」
「ごめん、スマホ見るの忘れた」
「はぁ、だと思った」
少し話すだけでも喉がじりじりと痛む。喉が痛いことと、のど飴を買ってきてもらえなかったこと、二重で積み重なるままならない出来事に段々イライラしてきた。
私は少々八つ当たり気味でこう言った。
「なんでこういう日に限ってスマホを見てくれないの。明日は卒業式で送辞を言わなきゃいけないのに、卒業生の晴れ舞台でこんな声ガラガラのやつがいたら台無しでしょ」
母も疲れて帰ってきているため、負けじと私に言い返す。
「だったらちゃんと健康管理をしなさいよ。昨日だって十二時過ぎてからお風呂に入っていたじゃない」
正論を言われてしまい、私は反論の言葉を失ってしまった。
「今から買ってこない?」
「嫌だ、もう車出したくない。お兄ちゃんののど飴があるでしょ。それでも舐めれば」
「えーあれ苦手なんだけどな」
兄ののど飴は、プロポリスが配合されたマヌカハニーのど飴だ。
風邪の時に処方される粉薬をぎゅっと詰め込んだような味で、袋を開けただけでむわっと薬草のような匂いがする。私の知っているはちみつがどこにもいなくて正直苦手だ。
あんな薬の塊みたいなのど飴より、ゆずのど飴みたいな甘くてさっぱりしたのど飴がすきなんだけどな。
かといって背に腹は代えられない。明日、ガラガラ声のまま壇上に経つわけにはいかないのだ。
私の意を決して、のど飴を一粒口に放り込んだ。
―まず…くはないか。
このどの飴が美味しくなかったのか、自分の味覚が鈍くなったのか、以前口にした時よりも食べやすくなっていた。
むしろのどの痛みに効きそうな感じがして、ころころと口の中を転がる飴玉が心地いい。
そのあと二個ものど飴を食べてしまい、食べすぎだと兄に怒られてしまったが。
翌朝、起きてみるとのどの痛みはすっかり引いていた。
あーと何度か声を出してみるが、すんなりと声が出る。
良かった、大丈夫そう
外は雲一つない青空が広がっていた。卒業式という晴れ舞台にぴったりだ。
(完)
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