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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

森のミツバチ、都会のミツバチ

大津まさみ

 

 ドキッとした。
 森の少し手前、日当たりのよい所。枯れ草の中に赤紫色のれんげの花が、一輪だけ咲いていた。もう12月だというのに。
 ミツバチがいる。この季節でも、ミツバチは花の蜜を集めるのだろうか。れんげの花の上を、歩いては止まり、歩いては止まり。透明の羽がキラキラ輝いている。

 ねえ、ミツバチ。私もさ、歩いては止まりを繰り返してるんだ。

 東京にいた頃、仕事帰りに時々立ち寄る店があった。私より少し年上の、30代後半位の男性の店長が仕切るその店は、焼酎の種類が豊富。若々しく洗練されていて、でも気取らない雰囲気が、居心地よかった。都会でヒールを履いた仕事に疲れて、心がささくれ立った時も、その店でほんの少し、休まることができた。
 「その焼酎、お湯割にして蜂蜜を入れると、おいしいんですよ。」
 カウンターの棚に並んだ瓶の中に、琥珀色した焼酎が1本あった。その色の渋い深みに見とれていた私に、店長が声をかけてきた。ちょうど今と同じ12月頃のことだ。
 「焼酎のお湯割りに、蜂蜜?何ソレ?」と一瞬思ったが、焼酎の琥珀色と、蜂蜜のとろんとした透明な金色が合わさるところを想像したら、
 「それ!次、つくって!」
 興奮してしまった。
 カウンターの中で店長は、棚から、大き目の蜂蜜のビンを出して言った。
 「これ、れんげの蜂蜜で、やさしい味がするから、好きなんですよ。」
 私は、ああ、そっか。店長がやさしい人だからね。と思ったが、口には出さなかった。
 手元に届いたグラスの中を見ると、蜂蜜と焼酎が、お湯の中でモヤモヤ漂っていた。少しお酒のまわった私は、その不思議な美の世界を一緒に漂った。美しさは、心を痛みから救ってくれる。
 温かい焼酎のお湯割りを、少しフウフウしてから、一口、口へ流した。ハァと小さく喜びのため息をついた。クリームチーズの味噌漬けを一切れ、口に放り込んだ。まだ残っている焼酎の香りと蜂蜜の甘みと一緒に、チーズが溶けていくのを、じんと味わった。

 都会は、消費のためにある。物も人も時間も心の安寧も、全て消費のために存在している。それが良いとか悪いではなく、都会とはそういう場所だ。あの店は、まだあるのだろうか。あの店長は、今でも私のこと、覚えているだろうか。
 私は今、都会を離れ、森のある生まれ故郷にいる。しゃがんでれんげの花の上を歩くミツバチをじっと見て、そして、安らいでいる。

 このミツバチと、あのれんげ蜜入りのお湯割、どっちが本物なんだろう。

 れんげの上で止まっては歩くを繰り返していたミツバチが、ブンと森へ飛び立った。あのミツバチが集めた蜂蜜も、やさしい甘さで、硬くなった誰かの心を溶かすのだろうか。


 

(完)

 

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