渡辺碧水
【同タイトル(二)から続く】
ところで、「越冬ミツバチ十六万匹飛び立つ/北海道美深町」という写真付きの小記事が、北海道から沖縄までほとんどの新聞に一斉に採り上げられたのはなぜか。
季節外れの物珍しい話題性にあったが、常識を超えた意外性もあったであろう。
寒さの厳しい北海道にあっても、個人愛好家や小規模業者が少数の蜂群を越冬させる技法は昔から工夫され、伝承もなされてきたようである。(当蜂蜜エッセイの既掲載「トッちゃんだけの蜂蜜飴」「縁は異なもの味なもの(正・続)」から想像できるように、私の叔父は約八十年前にこれを実現させていた)
しかし、養蜂業を本業として、多数の蜂群を扱う業者の場合、寒さに弱く繊細な性質の蜜蜂を自然条件の厳しさから守るには大変な難しさを伴うなどの理由で、伝統的に北海道での蜂群の越冬は行われてこなかった。
ごく少数いる北海道在住の養蜂業者の場合であっても、採蜜期を終えた秋季以降になると、冬季に温かい九州などの南西地方へ蜂群を移送して越冬させてきた。
いずれにせよ、南西から北東に長く、季節の違いが顕著な日本列島においては、北海道では冬季の寒冷に加えて蜜源植物の開花時期が本州よりも明らかに遅いため、春季には北上しながら本州で採蜜を実施し、その後に北海道に移る「転地養蜂」が経済的で合理的と考えられたためと思われる。
移送にかかる諸経費を勘案しても、経営性(採算性)が高いと判断されるからである。
結果として、寒冷地越冬養蜂は研究も実践も皆無に近い現状にある。
自らも越冬飼育を試みた静岡理工科大学教授の宮地竜郎氏は、その報告(産業環境管理協会機関誌『環境管理技術』三十四巻四号、二〇一六年) で次のように述べている。
「我国の養蜂業者間では寒冷地での越冬に関するノーハウの蓄積はほとんど認められず、西洋ミツバチの北海道での越冬に関する学術文献は、昭和二十一年に発行された札幌市真駒内の地下室での越冬試験に関するもののみと思われる」(越冬試験は「関口喜一著『寒地養蜂』北農叢書七、柏葉書院、一九四六年刊行」に収載)
このよう見てくると、報道された西垂水養蜂園の蜜蜂越冬への挑戦(失敗と成功)は大変貴重な実践で、改めてニュース性の高い話題だったことがわかる。
【同タイトル(四)へ続く】
(完)
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