門田 弘
ブルガリアからルーマニアへ。全開にした列車の車窓には、太陽を散りばめたような向日葵の畑が、はるか彼方まで広がっていた。
首都で二泊した後、田舎の町を歩いた。ルーマニアの人たちは花が大好きだ。街のなかは、公園や庭はもちろん、道路も役所も店先も、赤や黄色やピンクの花 々で飾られている。それらの花の周りを、小さな蜜蜂が飛び交っている。
街外れの道路端で、赤ら顔の親父さんが露店を広げていた。露台には蜂蜜を詰めた瓶が並んでいる。甘い香りが三十メートル先まで漂ってくる。
「日本人だね。うちの蜂蜜は最高だぞ」満面の笑みを浮かべ、大声をかけてきた。たぶんそう言ったのだろう。
妻をうかがうと、いらない、の表情。たしかに瓶詰めは重いし、蓋もいいかげんな感じで漏れ出しそうだ。
親父さんが蜂蜜の横に重ねたパン菓子をひとつ差し出してきた。菓子に止まっていた蜜蜂が、驚いてぶんぶん飛び回る。
「日本からわざわざ来てくれたんだ。食え。うまいぞ」
たぶんそう言った。お礼を言って、妻と半分ずつ食べた。蜂蜜がたっぷり染みていて、べらぼうにうまい。小学一年生くらいの女の子が、どこにいたのか、親父さんにまとわりつき、パン菓子をねだった。
三人で顔を見合わせて食べた。うまいものは皆を笑顔にする。親父さんも顔をくしゃくしゃにしていた。
自動車にまじって、麦わらを積み上げた荷馬車がのんびり通りすぎた。露店の前を通る時、馬車と露店の親父さん同士が短い言葉を交わした。ジャポネーズという単語が聞こえた。
ラテン民族らしく、ルーマニア人は明るく、気が良くて、少 々いいかげんだ。ネット予約した宿で相部屋を頼まれたり、小物店で釣り銭をごまかされそうになったり、並んだバス停にどっと割り込まれたり、ムッとすることも多かったけれど、溢れるばかりの花 々の美しさと、うっとりする蜂蜜の甘い香りに包まれていると、この地が無性にいとおしくなった。
(完)
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