矢部凜
透明で、キラキラしていた。そこにはぼんやりと、私が映っていた。そんな私を嬉しそうに見つめながら母は言う。
「蜂蜜には、魔法がかけられているんだよ?」
母はいつも不思議なことを言いだす。小学生の私でも、困惑だ。
「食べた人を笑顔にする魔法だよ。ハチさんが、一生かけて作ってくれたスプーン一杯の蜂蜜がね、たくさんたくさんの栄養になって凜の体を元気にしてくれるの。」
蜂蜜は私にとって特別だった。蜂蜜は、母の愛情そのものだ。
テスト日も、試合の日も、嫌なことがあった日も、何気ない日常の近くには、いつも蜂蜜があった。その日は雪が降り積もり、とても寒かった。学校に行くのは、ちょっと憂鬱。布団から出るのも一苦労だ。
「ごはんだよー。」
母の声が聞こえる。リビングに降りると、トーストとミルクティーが用意されている。このほわほわとした湯気が食卓を囲むんだ。私は蜂蜜をティースプーンで一杯すくい、ミルクティーに入れてゆっくりとかき混ぜる。深い香りと優しい甘さが大好きだ。
「いってきます!」
それから十年、一人暮らしも悪くないな。でも学生にとって蜂蜜はちょっと高級食材。特別な日のために、大事に大事に食べるんだ。朝起きて、ミルクティーを淹れる。
「今日はこれがなきゃね。」
蜂蜜をティースプーン一杯。優しい湯気が私を包んだ。あの時の味。いつも懐かしい。
「いってきます。」
返事はもちろんない。でもそれでいいんだ。外の冷たい空気にふれると、あたたかい蜂蜜ミルクティーが、体の中で溶けていくのがわかる。頭に浮かぶのは、笑顔で手を振る母の姿。
お母さん、今ならわかるよ。蜂蜜の魔法。
(完)
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