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蜂蜜エッセイ応募作品

魔法のかかったフレンチトースト

葉月葵子

 

 久しぶりに帰省した実家で私を待ち構えていたのは、香ばしく焼き上がったフレンチトースト。その後ろにはずらりと蜂蜜の小瓶たちが並んでいる。目の前の祖母が、どれ?と聞くので、私はアカシアの小瓶を手に取った。蓋を開けて漂う穏やかな甘い匂いに、記憶が呼び起されていく。
 母子家庭で育った私は祖母と過ごすことが多かった。働く母の代わりに、祖母が食事の支度をし、塾や習い事の送迎をしてくれた。学校から帰ってきたときに「おかえり」と言ってくれるのも祖母だったが、幼い頃の私は、母といる時間の少なさに癇癪を起こすことが時折あった。
 そんな私を祖母は宥めると、よくフレンチトーストを作ってくれた。おやつだから食パンは薄い8枚切り、卵はひとつ、牛乳や砂糖の量はその時 々によって違う。熱したフライパンにバターをひとかけら落とすと、液でひたひたになったパンを少し焦げ目がつくまで焼き上げる。料理をしたことのない当時の私にとって、滑らかな祖母の手際は魔法のようだった。そして香ばしい匂いのフレンチトーストをお皿に移すと、祖母は決まってこう言った。「どの魔法にする?」
 祖母は様 々な種類の蜂蜜を持っていた。定番のアカシアはもちろん、ミカンやリンゴといったフルーティーなもの、果ては苦みのあるソバ、少しスパイシーなハゼノキまで。それらのうち、ひとつだけを私に選ばせて「魔法」をかけてくれた。「魔法」が日によって違う味わいなのが面白くて、小さい私は機嫌の悪かったことも忘れてしまう。しかし、思春期に入ってからは祖母と話すことも少なくなり、もう祖母のフレンチトーストは何年も食べていなかった。
 きらきらと黄金に透き通る蜂蜜をかけ、祖母と久しぶりに食べるフレンチトーストはやっぱり甘くて美味しくて優しい。「美味しいね」という言葉がするりと口から出て、いつもは言えないでいた感謝の言葉なんかも続けてしまった。私にも「魔法」がかかったのかもしれない。

 

(完)

 

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