岡本はる奈
「蜂たちが集めた分から、クマが食べて、それをすこおし、分けてもらったやつだよ」
福島県の猪苗代に仕事のために訪れた私たちに、大きな瓶に入ったそれを見せながらおじさんは言った。中には濃い茶色のはちみつが、一杯に入っている。
レディファーストで、と声があがり、その場に1人きりの女性だったおかげで「蜂たちとクマからわけてもらった」蜂蜜は私のものになった。
聞けば磐梯山の近くにおじさんの家があり、庭先の巣箱から入れてきてくれたそうだ。
東京から来た私たちを歓迎するために持ってきてくれたものは他にもあった。紫色に熟れてぱっくりと口をあけている、たくさんのアケビ。歓声をあげてゼリー状の中身をすする私の横で、都会っ子の同僚が気味悪そうに私とアケビを見比べる。目的地に向かって走る車の窓を少し開けると、冷たい風にのってあちこちに干された稲の甘い香りが運ばれてきた。
「これ、蜂蜜?」
お土産に持って帰った瓶を見て夫がけげんな表情で聞いた。お店で売っている、透き通った黄色い蜂蜜しか見たことがないから、こんなにも色が濃くて香りの強い、それもクマから分けてもらったという逸話つきのものは、私が太鼓判を押してもなかなか食べようとしない。
そんな夫が、考えを変える日がやってきた。
年明けの強い冷え込みで喉の風邪をひいて、夫がくるしそうに咳き込んでいた時のこと。私はコップに入れたあの蜂蜜を、少しだけお湯でのばして飲ませてみた。驚いたことに、次の朝には夫の風邪はすっかり治っていた。恐るべし、蜂蜜の力。いや、豊かな自然のパワーと言うべきか。
その蜂蜜は、それからも風邪や体調の悪い時の特効薬となり、少しずつ私たち夫婦のお腹に収まっていった。もうほとんど空になった瓶を眺めるたびに私は、おじさんの言葉とアケビの味、そして福島の風景を懐かしく思い出している。
(完)
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