岬とうこ
「こン蜂蜜は、町内の〇〇さんが作らしたとよ。やろうか?」
「……よか。おばちゃんが食べんね」
三年前のおばとの会話。遠慮した理由は、純正国産蜂蜜が高価だと知っていたのと、内心こう思ったからだ。(長崎県のこげん片田舎で獲れた蜂蜜なんて、大したことなかやろ~)
そのおばが脳梗塞で倒れたのが、翌年の暮れ。九十歳まで元気に一人暮らしをしてきたが、三か月の入院生活でほぼ寝たきりとなってしまった。
病院まで車で片道一時間。帰りにおばの家へ寄り、掃除して仏壇に参る。家主不在の木造一軒家は薄暗くシーンとして、おばが陽気だっただけに、毎回さみしさに涙がこみ上げた。
そんな二月のある日、いつものようにおばの家を訪問。時刻は夜の八時過ぎ。残業後に病院へ向かい、点滴だけでながらえているやせ細ったおばを見舞ってきたのだ。
(あ~疲れた。なんか食べるもんなかかな)
さびれた海沿いの町。近所の小店はとうに閉まり、帰りの長い道のりを考えると、少しでも腹を満たしておきたかった。
すでに電源を外した冷蔵庫は空っぽだし、戸棚の食料品も処分したはず。でも少しぐらいは……とガサゴソ探したところ、あった!
見つかったのは、あの蜂蜜。
固くなった蓋を開け、トロリとした黄金色の塊をスプーンですくう。
そして口へ……美味しい!
舌に広がる、なんともいえぬ優しい甘さ。
同時に、冒頭のおばとの会話を思い出した。五月晴れで、春風が心地よくて、鳥が鳴いてたっけ。おばちゃん、にこにこ笑ってこの蜂蜜を自慢してたなあ……。胸が熱くなり、気づけば笑いながら涙をこぼしていた。
その後もおばの家で蜂蜜を舐めては、パワーと笑顔をチャージした私。
数か月後、おばが奇跡的に回復。現在は施設で車いす生活をしている。よく食べ、よくしゃべり、差し入れた〇〇さんの蜂蜜を嬉しそうに舐める日 々だ。
産地に関係なく、丹精込めて作られた蜂蜜は人を笑顔にしてくれる。そんな蜂蜜が、私も大好きだ。
(完)
蜂蜜エッセイ一覧 =>
蜂蜜エッセイ
応募要項 =>
Copyright (C) 2011-2025 Suzuki Bee Keeping All Rights Reserved.