渡辺 碧水
当「蜂蜜エッセイ」の第五回、二〇二一年一月下旬掲載分の中に、興味深い視点から蜜蜂社会と人間社会との類似性を指摘した作品があった。
タイトル「医者とミツバチ」の九村麟一郎さんの作品。「ミツバチの世界は医者の世界、特に医局にそっくり」という視点。
「ハチミツ=医療」の現場で、「女王蜂=教授」が君臨し、完全な主従関係で、従属の立場にある「働き蜂=医局員」が各種の激務の中で働き続け、全力を尽くす。働き蜂について言えば、一か月ほどの寿命を女王蜂のために捧げ、太くて短い一生を終える。
君臨する側も、それなりの争いの末に勝ち残ったのであり、その席も狙われる。
組織内における地位の上下が社会における主要な関係になっている縦社会では、表と裏でいろいろなドラマが展開される。
以上が九村さんの要旨である。別の視点からの見方はできないだろうか。
確かに女王蜂は、体も大きく、寿命も三年と長い。巣ではロイヤルコートの真ん中にいて、群れに君臨し、コロニーを主導しているように見える。また、一昼夜に二千個も産卵する大役を一匹で引き受けるすごい能力を持っている。
だが、実際は、脳をはじめ、他の機能はことごとく退化していて、主食のローヤルゼリーも働き蜂に造ってもらい、口移しで食べさせてもらわなければ、生きていけない。産卵の数も雌雄の別も産み落とす穴も、働き蜂の誘導なしでは調整できない。
雄蜂も、繁殖にしか加わらない怠け者。
一方、働き蜂は、産卵能力がないが、一か月ほどの寿命にもかかわらず、他の能力はすべて備えていて、仕事の役割に応じて生理的変化をし得る機能も体系化されている。
端的に言えば、実際には、大多数を占める働き蜂が各種の決定権も実行権も握っている。だから、何万もの群れの中には、主導権を握り統率する特定の個体はいない。
「縦社会」の反対は「横社会」。それぞれが持つる能力や特性が尊重されるのが横社会。蜜蜂の集団はこれでもなさそうだ。
そこで、蜜蜂集団の社会は「リーダーなき秩序社会」と見なされることになる。
ちなみに、蜂事を尽くして天命を待つ蜜蜂たちには、老後も長寿もない。
(完)
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