高村佳愛たかむらかな
昭和三十年代、どこの家にも丸いちゃぶ台があった。
当時小学校低学年だった私の家にもそれはあった。
台所のすぐ横の多分六畳間がリビング兼食堂だった。
日曜日の朝食はゆっくりと食事ができた。
そんな日は、だいたいパンだった。丸いちゃぶ台を家族で囲んだ。
父、母、私と幼稚園児の弟である。
メニューは食パン、チューブ入りチョコレート、記憶がはっきりしないのだがバターかマーガリン、そしてはちみつのびんがあった。
私と弟は長さ10センチほどのチューブ入りチョコがお気に入りで、競うようにパンに塗りたくっていたものだ。
飲み物は紅茶だった気がする。コーヒーをのむなどの習慣は我が家にはなかったし、牛乳は嫌いだったからだ。
そんな時、母がはちみつを水でうすめてパンに塗ってくれた。
それは薄甘くてやさしい味がした。はちみつの香りが口に広がった。
でも、なぜ母は水で薄めたのだろう。
多分はちみつが高価なものであったからではないのだろうか。
両親は大きな病気もせず九十過ぎて相次いでつい最近亡くなった。
長患いもせずに。
母は料理に砂糖を使わずはちみつをよく使っていた。
それがよかったのだと思う。
健康のことに人一倍気を付けていた。
そしてなにより昔からはちみつが好きだったのだ。
私は母のあのはちみつパンをもう一度食べたい。
母が作ってくれたあのパンを。
(完)
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