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蜂蜜エッセイ応募作品

親父理論

藤川未央

 

 ぼくの初めての一人旅は小学校3年の冬休み、大阪へ単身赴任していた父を訪ねた時のことだった。
 乗り換えが面倒だからと新大阪まで迎えに来てくれた父。千里の社宅は3DKなのにガランとして、電子レンジと冷蔵庫、布団以外の物は見当たらなかった。
 「夕食までに小腹を満たすオヤツでも作ろうか?」と父が訊いた。
 「でも、冷蔵庫の中には、ビールとリンゴと蜂蜜しかないよ」
 ぼくが答えると、父は「それで充分だ」と言って、ぼくにペティナイフとリンゴを2つ渡した。
 「さあ、リンゴの皮を薄くむいてみるんだ」
 父はリンゴの皮をむくぼくのおぼつかない手元を見つめ、「君は料理は初めてかね?」と笑った。
 「だって、ぼく、まだ3年生だもの」
 「3年生には、父さんはなんでも作っていたぞ」
 「じゃあ、ぼくも練習するよ」
 ぼくがむいたリンゴは小さく不格好で、まるで泣きべそをかいているみたいだった。
 「初めてにしては上等。あとは小さく切って蜂蜜をかけよう。ラップをかぶせ、レンジでチンすればハニーアップルのできあがりだ」
 父が笑って言った。
 「硬めがよければ1分、柔らかいのがお好みなら3分だ」
 「じゃあ、2分にするよ」
 もう遠い昔のことで、ハニーアップルなるその食物の味までは思い出せないけれど、父と交わした一言一言は今でも鮮明によみがえってくる。
 「でも、父さんちの冷蔵庫を見ると、ちょっと栄養不足じゃない?」
 「そんなことはないぞ。例えば、この蜂蜜にはバランスのよい栄養素がたっぷり含まれて…」
 「いや、そういうCMみたいなセリフはいらないから」
 2分経つまでの間、電子レンジのインジケータを見つめながら、僕と父は、そんなやりとりをして、笑い合ったものだった。
 今、80を過ぎた父は、よく身体を動かし、顔色も良い。
 あるいは、あの頃の父の蜂蜜理論もあながち間違ってはいなかったのかもしれない。

 

(完)

 

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