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蜂蜜エッセイ応募作品

はちみつの思い出

新荘直大

 

 朝起きて、蜂蜜を温めてとかすのが幼い僕の仕事だった。慌しく朝食と昼の弁当を作る母に頼まれて、ボトルを握りしめて手のぬくもりでとかした。
 「ひろくんの手はあたたかいからね」と母は言った。
 どうしてもとけないときには、ストーブの前に座り、冷えた手と蜂蜜を一緒に温めた。僕は忙しい母の役に立っているのが嬉しく、誇らしかった。蜂蜜が少しやわらかくなったころには、朝食が出来上がって、僕がヨーグルトにそれをかけた。
 あるとき、父が職場の同僚から出張の土産に蜂蜜をもらってきた。たしかアカシア蜂蜜だったと思う。きれいなラベルが貼られた瓶に入ったその蜂蜜は、寒くても固まらなかった。
 「おいしい蜂蜜は寒くても固まりづらいんだって」と母が言った。
 便利でいいわ、と母は喜んでいたが、私は何となく悔しかった。自分の仕事を奪われた気がしたのだ。スプーンでひとすくいして、ヨーグルトにかけて食べた。なめらかな舌触りと同時に、不思議な良い匂いが拡がって僕は驚いた。思わず口元がほころびそうになる、そんな味だった。どう? と両親が僕に聞いた。僕は、内心その美味しさに感動すら覚えていたけれど、それでもやっぱり悔しくて、
 「いつものざらざらな蜂蜜でいい」と言った。
 「貧乏性かしらね」と母は言って、父と笑っていた。
 お土産の蜂蜜はあっという間に使い切ってしまい、しばらくすると、いつもの蜂蜜に戻った。僕は毎朝の仕事が戻ってきて満足した。それでも、あの蜂蜜の味、なめらかな舌触りと風味、そのとき感じた幸せをよく思い出しては、口惜しいような気持ちになったものだった。
 
 今でも、蜂蜜を口にすると、よくそのときのことを思い出す。自分で買うときには、少し奮発してでも、つい良い蜂蜜に手をのばしてしまう。そして、あのざらざらとした舌触りを懐かしく思い出しながらも、下のうえで滑らかな甘みをころがして、それだけで、ほんの少し、幸せな気持ちになっている。

 

(完)

 

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