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蜂蜜エッセイ応募作品

差し入れ

小田原みなと

 

 「これ、社長から。一人二つずつよ」
 
 一九歳の時、東京駅でアルバイトをしていた。時給千百円。東京限定の、とあるお菓子を売る土産店だった。仕事は接客、レジ、品出し。そして大きな声での呼び込み。
 「改札の中まで聞こえるように呼び込みしてね」
 そうやって指導係の先輩は繰り返し言った。
 
 憧れの東京駅でのアルバイトは楽しかった。慣れないレジも、旅行客への道案内も、外国人との片言の英語でのやり取りも、どれも新鮮で、出勤の中央線で「次は~東京」のアナウンスを聞くたびに、今日はどんなことが起きるのか楽しみで仕方がなかった。でも、そんな私でも、大好きなアルバイトが少し憂鬱になることがあった。呼び込みだ。
 元 々声が大きくなかったため、「もっと通る声で」、「お腹から声を出して」とたまに先輩に注意された。自分なりに頑張ってみたが、なかなか上手くできない。そして、お腹から声を出せていないせいか、とても喉を痛めやすかった。呼び込み前後には水分補給、帰りの電車でのど飴を舐めたって、痛いものは痛かった。
 
 年末年始は土産店にとって一番の書き入れ時だ。いつにも増して賑やかなターミナル駅では、増えた人出の分だけ声を張らなくてはならない。
 午後二時半、少し遅めの休憩を取りにバックヤードへ戻ると、副店長が言った。
 「これ、社長から。一人二つずつよ」
 渡されたのは見たことの無い小さな箱だった。
 「マヌカハニーっていって、すごく喉にいいらしいよ。みんな大変だろうからって差し入れだって」
 ふーん、そんなものがあるのか。でもどうせ……
  「これ一つ千円するんだって」
 私より先に休憩に入っていた同期が耳元でそう言った。じゃあ二つで二千円。このお店だけでスタッフは二十二人だから、全員分で四万四千円。我ながらこういうときの計算は早い。バックヤードの冷蔵庫には一回しかお目にかかったことの無い社長からの、日頃の感謝を伝える手紙が貼ってあった。
 
 昼食をとってから箱を開けてみた。中には六粒だけ、得体のしれない『マヌカハニー』なるものが小分けになって入っていた。一粒で約二百円。いままでどんなのど飴の手にも負えなかった私の喉の痛み。どうせ大した効果はないだろうと思ったけれど、そんな高級品なら試す価値はありそうだ。少し勿体ない気もしたが、一粒口に入れてから制服のエプロンの腰紐を締めた。
 
 午後七時半。一九歳のアルバイトは、帰りの中央線に揺られていた。
 もしも私が社長になったら、アルバイトにも差し入れをしよう──
 窓の外を見ながらぼんやりと、でもはっきりと、そう思っていた。
 
 喉は全然痛くなかった。

 

(完)

 

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