日辻
おじいちゃんは食後、必ず蜂蜜を舐める。
それも、小さなシルバーのスプーンで、一杯だけすくって。
その甘さに、舌鼓を打つわけでもなく。
その味を噛み締めるわけでもなく。
無言で、こっそり、一人で蜂蜜を舐める。
おじいちゃんは今年で、91歳になる。
何度も大病を患い、何度も入院し、手術を受けてきた。だから、おじいちゃんの体には、沢山の傷跡がある。
手足は家族の中で1番細っこく、背も小さい。
寡黙で真面目なおじいちゃん。
そんなおじいちゃんは、食後、健康のために蜂蜜を舐めている。
喉からひく風邪は、タチが悪い。
そう呟きながら、おじいちゃんは毎日、こっそりとその習慣を続けている。
90歳のおじいちゃんにとって、風邪は最悪の事態を招くかもしれない、危険なものの一つだ。
黄金色のとろりとした蜂蜜を舐めて、喉を守ることも、免疫を高めたいと思うことも、全ては私のため。
私がそのことを知ったのは、おばあちゃんの小さな密告からだった。
「じぃは、あんたが結婚するまで生きるって言いよるとよ。
何年かかるかわからんけん、とりあえず100歳までは生きようかって言いよってね。
じぃが死んだら、バージンロードを一緒に歩く人がおらんかろ?」
おばあちゃんの言葉は、淡 々としていた。
特別なことを語るわけでもなく、まるで当たり前の話をするように、そう言ったのだ。
私はそれが、たまらなく嬉しかった。
私の家は母子家庭で、昔から運動会や参観日など、イベントごとには必ずおじいちゃんがおとうさん役として来てくれた。
おじいちゃんは私にとって、変えの効かない大切な存在。
まぁ、甘党のおじいちゃんのことだ。
蜂蜜を舐めるのは、単純にそれが理由かもしれないが、それでも私のために、健康でいるためにコツコツ毎日続けるその努力が、何よりもかっこよく感じた。
おじいちゃんの夢は、私の結婚式にでで、一緒にバージンロードを歩くこと。
母子家庭の私が、結婚式で恥ずかしい思いをしないように。
その晴れ姿を、誰よりも近くで見るために。
今日もおじいちゃんは、蜂蜜を舐めるのだ。
(完)
蜂蜜エッセイ一覧 =>
蜂蜜エッセイ
応募要項 =>
Copyright (C) 2011-2025 Suzuki Bee Keeping All Rights Reserved.