茜の浦 まい(あかねのうら まい)
はちみつを初めて贈られたのは、今から5年ほど前のあるカフェであった。贈り主の初老の男性は、ご自身がはちみつ農家を長らく続けられている方で、それまで、電話でお話ししたことはあったが、実際にお会いするのはその日が初めてであった。姿勢良く、キビキビとした動き。ピシッとアイロンのかかったシャツの上に羽織られた、まるで仕立ててすぐのような生地感を漂わせるスーツのジャケット。そう、英国紳士のようなその男性は、傍に何か大きな箱を持っていた。
「こちら、今日お持ちしました。うちで作っているはちみつです。よかったどうぞ」
彼はそう言ってその大きな箱を手渡してくれた。ずっしりと片腕では持てないほどの重みがあって、おっとっと、ともう一方の腕を添えた。
はちみつとの出会いはいつ頃だったろう。当時あまりに幼かったわたしは、正確に思い出すことはできない。確か幼稚園かそのあたり。大きな瓶入りのはちみつが、両親の知人からよく贈られてきていた。
スプーンですくうと、とろりと流れていくそのはちみつの質感がとても好きだった。何か、心の奥底の痛みをそっと癒やしてくれるような、そんなもったりとした重みと、黄金に照る色。この数ミリリットルのために、はちさんたちがどれだけ飛び回っているのか、そんなことを考えるともうそれは、この地球の贈りものとしか思えない。
愚痴やネガティブな話をした後のひとくちは、その言葉の出口の口の中をきれいにしてくれる魔法がとろけるゴールド。
何より、わたしが気に入っているのは、そのなんとも言えない甘みである。しつこくもなく、必要以上でもなく、何か足りないこともなく、ちょうどいい甘みを醸し出せるのは、自然からの恵みだからだろう。日本だけでなく、ハンガリーやカナダやブルガリアなど、なんだかおとぎ話に出てくるような国ばかりが産地であるこのはちみつたち。
わたしは、そのはちみつたちがとても好きだ。
(完)
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