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ミツバチと共に90年――

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祖父の禁忌

ピーナッツ

 

 幼い頃、祖父はいつも温めた牛乳に何かを混ぜて飲んでいた。茶色っぽくてツヤツヤしていて、とろっとしている。今は言わずもがなハチミツとわかるそれを、当時の私は何だかわからなかった。飲みたいと祖父にねだるも、いつもダメと言われた。「茶色いトロトロ」が詰まっている大きな瓶に手を伸ばすと
 「こら!」
 と手をパシッと小突かれた。
 「なんで舐めちゃいけないの?」
 と聞くと、いつも祖父はこう答えた。
 「これは体に毒なんだよ」
 
 初めてハチミツを口にしたのは、小学校の担任の先生から貰ったときのことだった。小瓶に光る茶色いそれが、魔法の飲み物ように見えたのを覚えている。指ですくって口に入れる。甘いのだけれども苦さもある。ちょっとお薬のような味だけど、嫌な感じがしない。経験したことのない風味だった。味わったことのない感覚に夢中になり、気づけば小瓶の中のハチミツを舐め尽くしていた。もっと欲しいと思わずにはいられず、体がゾクゾクした。
 きっと祖父が言った「毒」とは、この鼻の奥まで突き抜ける不思議な味を一度知ってしまったらもう逃げられないという意味での毒だったのだろう。
 
 あれから十数年。カフェに入れば「ハニーミルク」なんて横文字メニューで売られているし、若い子がインスタ映えを狙ってカメラを構えている。そんなことを知ったら、元祖 ・ハニーミルク狂の祖父はどんな顔をするだろうか。
 外出の自粛が続き、地方の実家にしばらく帰っていない。次帰省する日までに、美味しいハチミツ牛乳を作れるよう練習しておこう。そして実家に帰ったら、とびきり中毒性のある禁断の飲み物を仏壇に手向けよう。

 

(完)

 

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