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”チクリ”

一路

 

 それは確か、小学校5年生の夏休み前のことだったと記憶している。
古くて床もきしむような講堂の掃除当番だった私たちは、真面目に掃除をこなすこともなく、ほうきを振り回しチャンバラのまねごとで遊んでいた。
当然、女子たちからは文句が飛んでくる。
 「先生に言いつけるから」
 私たち男子はそんな言葉などに臆することなく、夢中になって広い講堂の中を走り回っていた。
 そんな時だ。
 私は首筋にチクリと今までに経験のない痛みを感じた。
 その場所はあっという間に熱くぷっくりと腫れあがり、我慢できないほどの痛みに変っていった。
 「痛ってぇ!」
 何が起こったのか分らずパニック状態の私を、「先生に言いつけるから」と怒っていた女子に、「こっちに来て!」と強引に手をとられ、落ちつけと窘められた。
 おどおどするだけの男子たちを差し置いて、その女子と保健室に向かう私は痛さよりも恥ずかしさが先にたっていた。
 保険の先生は、「ハチにやられたのね、消毒するからじっとしていなさい」と手当をしてくれたが、その様子をずっと見守っていてくれていたその女子が、とても頼もしく、そして大人に見えて仕方なかった。
 あれから半世紀。
 あの時の痛さも、その女子の心配そうな顔も、未だに忘れてはいない。
 地元の中学を卒業してから会うこともなかった彼女だが、その彼女がどんな暮らしをし、そしてどんな人生を歩んできたのか、今の私が知る由もない。
 だが、きっとしっかり者で世話焼きでとっても素敵な女性になっているだろうと、私は確信している。
 いい年をして気恥ずかしいお話だが、今でも店頭でハチミツを見かける度に、あの時の甘くてチクリと痛い思い出が鮮明に浮かび上がってくるのだ。

 

(完)

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