佐高 源
子供の頃、蜂蜜はとても貴重なものだった。
山間の村に住んでいた小学生の私は、近くの二歳年下の子をよく遊んであげていた。その子の家に行くと、庭の隅には、蜜蜂の巣箱が二つも並んでいて、蜜蜂が飛び交っている。
ものすごい数の蜜蜂がブンブン羽を鳴らして、ひっきりなしに巣箱を出入りしている。忙しく動き回る蜜蜂が珍しくて、いつまで見ていても飽きない。でも、刺されはしないかとハラハラドキドキもしていた。
ある日、家に帰ろうとすると、その子のお父さんに呼び止められた。一升瓶をぶら下げいる。
「お母ちゃんに持っていきな」
一升瓶は、ずしりとした。落として瓶を割っては大変だと、あぜ道を急ぎながらも、胸にしっかりと抱え込んだ。蜂蜜の瓶の上側はとろっとしていたが、真ん中から下はザラザラした白砂糖のようだった。
「お母ちゃん、満君のお父さんからもらったー」
「まあー、こんな大切なものを ・ ・ ・」
母の喜ぶ姿に、私はすごいことをしたんだと、胸がときめいた。
当時、蜂蜜は薬という感覚だった。頭が痛くてもお腹が痛くても、なぜか、母は蜂蜜をお湯で溶かして飲ませてくれた。病院も近くにはないし、薬といえば『富山の薬』くらいだったからだろうか。蜂蜜は甘くて美味しい万能薬で、元気を取り戻すおまじないのようなものだった。
貰ってきた蜂蜜の置き場所は分かっている。とても貴重な薬だということもよーく分かっている。でも、よだれが流れてしまう。母が留守の時、細い枝を折ってきて一升瓶の狭い口に差し込み、枝の先についたとろっとした蜜や、ザラザラした白砂糖のようなものを盗み舐めした。瓶を横から見ては、母にバレないかと蜂蜜の減り具合を心配しながら ・ ・ ・。
この歳になっても蜂蜜を見ると『甘~い薬』かと、ニタッとしてしまう。
(完)
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