中原 賢治
毎年、冬が終わりかける頃、僕はこの国の南端にある小さな町に旅する。海近くの畑に広がる菜の花。それは地平線まで達する。そこに住む人が、どう暮らしているのかほとんど知られていないが、この黄色い花が、訪れる旅人の心の中にその色彩を植え付ける。
多くの蜜蜂が青空を飛び、菜の花へと体を押しこめる姿は、旺盛な命の営みを教える。冬を耐え、新しい命が芽生える歓びに、生きるための食は欠かせない。子を育み、どんな障害からも子を守る蜜蜂。その様子を垣間見る者にとって、落ち込んだ気持ちなど吹っ飛んでしまう。
町を訪れる旅人の中には、ずるずると滞在の日数を重ねることがある。それはある味をじっくり楽しみたいからだ。町の人はさして気にもとめていない。
僕はこの町の陽射しが眩しいほどの光を集めたカフェの止まり木に足をからませ、蜜蜂たちが集めた濃厚な蜂蜜を味わう、一瞬の、鼻孔に伝わる香りと、舌から喉への快感に酔いしれるためだ。この町のカフェの店主たちが、養蜂家でもあることを知れば、繰り返しこの町にやってくる旅人の本音だろう。
僕は日中、町の外れのある貧しいホテルでぼんやり菜の花畑を見て過ごす。落日の大地がトマト色にふくれあがる頃、閉店まじかのカフェで今日獲れたての蜂蜜の黄金の色に、明日への希望を持とうと喉を洗う。蜜蜂から食を横取りした後ろめたさが、喉にときおり突き刺さる。
僕は菜の花が朽ち前に、蜜蜂たちが必死に新しい命を媒介させる運命を想像するとき、蜂蜜を味わう新たな歓びが湧いてくる。この町以外のどこかで、菜の花以外の名もない花に、蜜を求めた蜜蜂の旅がある。その記憶が蜜蜂の遺伝子が受け継ぐ、その悠然としての命のありかたに、蜂蜜の味は深い。
(完)
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