雪村あかり
ゆっくり目を動かす。まだ気づいてはいない。気づきはしない。僕は目線を下げ、それを、強く握り締める。
みんなは雲底や砂場、滑り台の周りを走り回っていた為か、僕のことなど気にせず、給食を勢いよく食べる。少し遠くの机にいる先生も同じだった。
もう一度、ゆっくり目を動かし、僕の前にある、パンに目を移した。どこを食べても一定の味がし、甘いところがどこにもなく、何の魅力もないパン。決まった曜日になると僕の前に現れ、困らせる。残してはいけない、先生は僕を睨まれながら、休み時間まで残したパンを牛乳と一緒に口に流し込む。思い出すだけでも、喉が詰まった。パンは僕にとって苦痛でしかなかった。しかし、今日からはそんなことはないだろう。
音が出ないように、それを、机の下でゆっくりと開け、左手で持つ。右手に先ほど数回に分けてちぎったパンを取り、それに近づける。僕が持ってきた物、それは、蜂蜜の瓶だった。
蜂蜜は、僕にやさしかった。苦手とするパンをそのやさしい香りで包み込み、ふんわりと広がる蜜の甘さの幸福に、思わずため息をこぼす。蜂蜜の味に夢中になり、僕はパンを一気にたいらげていた。蜂蜜に救われ、苦痛でしなかったパンを克服することが出来た。今度パンが出てきたとしても、僕には、蜂蜜がある。僕には、やさしい味方がいるのだった。しかし、蜂蜜の瓶を隠すことで一杯だった僕は、表情や声を隠すことが出来ず、口の周りのべっとりついた蜂蜜を見られていた。隣にいる友人や先生に不思議そうに凝視され、追及を余儀なくされた。結局、休み時間は先生と机を向き合わせることになった。
僕を救ってくれた蜂蜜は、それでも、僕に、やさしかった。先生は言葉をぶつける。聞いているのか? と怒鳴るので、悲しい顔と数回頷いて見せ、舌を動かした。笑みは隠す。やっぱり蜂蜜は、僕に、やさしい。
(完)
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