回
振り返ってみると、母は、いわゆる料理下手だった。もちろん、看護師として、フルタイムで働く母には、料理と真正面から向き合う時間など、あるわけもなく、私は同居していた祖母の手料理で、幼い頃から、ほとんどの栄養素を補っていた。
「夕飯できたから、少し早めだけど ・ ・ ・一緒に食べる?それとも、お母さんが仕事から帰って来るまで ・ ・ ・待ってる?」
なかなか時間通りには、帰宅できない事も多く、家の中で一人、お腹をすかせて待っている事も、最初の頃は確かにあったが、そのうち、私が頑なに食べずに待っている事で、母にある種のプレッシャーが掛かり、疲れているにも関わらず、猛ダッシュで帰宅する様子を見て、幼いながらに、やんわり気付くものがあった。いつしか私は、ほとんどの食事を、祖父母と共に、済ませるようになって行った。
それから、四十年の月日が経つ内に、結婚、出産、そして子育て。目まぐるしく過ぎて行く、日 々の生活の中で、母親として料理をする機会も増え、家族の健康面や、栄養のバランスを考えつつ、毎日の食事のメニューを決める大変さを、じかに肌で感じた私。祖父母への感謝の気持ちが、日に日に募り、いつしか、知らず知らずの内に、母との関係に、一線を引くようになって行った。
そんなある日。何気なく受けた人間ドックで、乳がんが発覚。目の前に突き付けられた現実を横目に、ふさぎ込む私に母は、
「代わってあげられるもんなら、私が、代わってあげたい」
と、呟きながら泣いた。その姿を見た時に初めて、内に秘められた母の愛を、実感する事ができた私。
入院中、
「あんた、すごく栗が好きだったでしょう。蜂蜜入りの栗きんとん、初めて作ってみたから、良かったら、食べてみて!」
差し出された、ちょっぴり、どことなく、いびつな栗きんとんには「母の愛」という、掛けがえのない栄養素が、ぎっしりと詰められていたのだった。
(完)
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