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 父は大の蜂蜜好きで、私が物心を覚えたころには家には大きい蜂蜜の入った瓶がいくつもあり、特に秋から春にかけて父は毎日大きなスプンで蜂蜜をすくってはなめていた。父は大学の教授で家にいる間は食事と風呂の時以外は机に座り勉強に励んでいた。ご飯を食べる時も片手に本を持って読みながらの時もしばしばだった。180センチの高い身長に体重は60キロ弱のとても痩せた体形だった。胃が弱く、とても小食だった。そんな父の健康にとても気をつかっていた母は常に炊き立てのご飯に野菜中心の料理を用意した。そしてもう一つ、蜂蜜。
 親戚や知人もお中元やお歳暮など何か贈り物をする時は決まって蜂蜜を送ってくれた。お酒もタバコもしない、物欲のない父が貰って素直に喜ぶものはただ一つ、蜂蜜だった。あまりの蜂蜜好きの父にうんざりした母は、父が1年間飲んだ蜂蜜の量は軽く20kgは超えるだろうと言っていた。
 これと言った運動もせず研究室にこもり勉強ばかりの生活を50年以上して来た父はまれに風邪を引くことはあっても、今まで一度も入院をしたことも、重い病気にかかったこともなかった。
 今年で90才になった父はそれなりのお年寄りにはなったが他人の手を借りず、日常生活をこなしている。 今になって母は父を元気に保たせているのは若かったころに飲んだ蜂蜜以外説明しようがないと言い、私達にも蜂蜜を飲むことを勧める。
 半信半疑しながら今日も在宅勤務で家に閉じ込められ、朝から真夜中まで会議が続き、全く運動する時間のない、体力の落ちた夫の為に蜂蜜の入ったお茶を用意する。そして子供のように優しい笑顔を浮かびながら蜂蜜の瓶にスプンを入れる、今の私よりも若かった父がとても愛おしく、懐かしい。そしてこれからは更年期に入った私の為にも甘くてなぜか懐かしい味の、蜂蜜の入ったお茶をもう一杯用意したい。

 

(完)

 

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