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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

元気になって

鈴木あきこ

 

 「熱っ」。新幹線の車内販売で買ったカップコーヒーをすすると、思いがけず熱 々で取り落としそうになった。
 口いっぱいに広がる衝撃。上あごの皮が一気にめくれてくる。といって吹き出すわけにもいかず、「大人ってつらいなあ」などと間が抜けたことを考える。我慢しているうちに、舌もしっかり痺れてきた。わずかながら空気を吸い込んでコーヒーを冷まし、覚悟を決めて飲み込む。そして、ハンドバッグを探ってキャンディを取り出す。
 旅のお供に持ち歩くのは、ハチミツキャンディと決めている。真っすぐな甘みで元気が出るし、乾燥する車内での喉のガード。それに抗菌作用があるから調子を崩した時に体を守ってくれる。それに、今みたいに口の中を火傷した時の塗り薬代わりに。
 袋の音がガサゴソして、隣の座席の子がチラチラ見てる。「アメちゃん、食べる? はい、どうぞ。お母さんにもあげてね」。5歳くらいかな。可愛い。
 そういえば、ハチミツの力を私が知ったのも、これくらいの時だったな。舌を火傷して。私、進歩してないよね。
 「上品なご婦人」と呼ぶのがぴったりなおばあさんだったな。あれはお祖母ちゃんのお友達だったんだっけ。届け物に行ったら応接間に通してくれて。水ようかんと一緒にいただいたお茶は、子供にはびっくりするような熱さ。ふわんとした気分があっという間に飛んだ。言葉も出せずもがいていたら、その「ご婦人」が「これで少しはましになるといいんだけど」と、申し訳なさそうに、瓶に入ったハチミツをスプーンで山盛りすくって舌に載せてくれた。
 痛みがすぐに消えたか今となっては覚えていないけれど、甘さは思い出になって、ずっと残った。そして「火傷には、ハチミツ」と、私の胸に刻み込まれた。
 窓の外に目を向けると、緑の山や広い川が次 々と後ろに流れていく。感傷的になるのは、お祖母ちゃんの具合が急に悪くなった、なんて聞かされたからだろうか。
 優しかったお祖母ちゃん。お母さんが食べ物にあまりにも厳しかったからか、遊びに行ったときには「いいじゃないの。今日だけ。特別よ」といってお菓子を解禁してくれた。早くおばあちゃんのそばに行ってあげたい。
 3時間半の旅は諦めるには近すぎるし、仕事を持つ身で通うのは遠い。会えなければ自分を責めてしまう距離。今はただ、あの優しい笑顔を自分の目で見たい。そして、このハチミツでお祖母ちゃんを元気づけたい。だって、あの時の「ご婦人」と同じものをやっと見つけたんだもの。私はそっと旅行バッグの上に手を置いて、角ばった小さな箱の存在を確かめた。
 「お祖母ちゃん、来たよ!」玄関先で、努めて明るい声を出す。だって、どんな返事が返ってくるのか不安だったから。それなのに、ぴかぴかに輝いた笑顔のお祖母ちゃんが柱の向こうから歩いてくる。背中は曲がってゆっくりだけど、しっかり、一歩一歩。
 「よく来てくれたね」。
 「お祖母ちゃん、具合が悪いって聞いたのよ」「そうなの。一時は本当にしんどくて。でも、ほら」
 テーブルの上を見ると、ハチミツ。しかも、私が持ってきたものと同じパッケージ。
 「これをお湯に溶かして飲んでいるとスッと楽になったの。もう亡くなった同級生のお友達からもらったものと同じ種類なの。まだこっちに来ちゃダメよ、って言われている気がしたわ」。
 お母さんに聞いたら、お祖母ちゃんは過労だったんだそうだ。でもハチミツで救われた。
 「ねえ、お祖母ちゃん、私も同じものを持ってきたの。とっても元気が出るんだって。一緒に飲もうよ」。
 温かいお湯にスプーン1杯のハチミツ。思い切って決行した旅のご褒美は、いつものように甘く、私たちを勇気づけた。

 

(完)

 

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