はっさく
子供の頃辺りは里山と田園に囲まれていた。家には近くの山野で採れたという蜂蜜が大きな瓶に入ってドンッと 食卓に置かれていた。しぼりたてで混じり物がないから美味しいよと父は私たちに言っていたけど、私はそれは嘘だと思っていた。なぜならそのはちみつはいつの間にか琥珀色の液体から白いジャリっとした固形物に変わっていったからだ。
お父さんは騙されている。そう思っていたけれどそれを口に出すことはなくただ黙 々とトーストに塗って食べていた。
だまされていると思いつつもそのジャリっとした食感と味は好きだったから。
里山が消え、田園が消え、食卓の蜂蜜 も消えた。
ながいこと蜂蜜を口にすることもなく過ごしていたが、ある年友人と行ったトルコでその味と再会した。
格安パックツアーの食事は正直パッとしなかった、けれど朝食ビュッフェに並んでいた沢山の種類のチーズと蜂蜜は違った。その美味しいことと言ったら!
毎朝食べ続けても足りない程の美味しさだった。
観光で立ち寄った市場にはいろんなナッツやスパイス、チーズや蜂蜜の店が軒を並べていた。
その中の蜂蜜屋さんであの白く固まった蜂蜜を見つけた。味見をしたらジャリっと甘くあのトーストの味がよみがえった。聞けばそれは混じり物なんてない本物の蜂蜜が結晶化したものだと教えてくれた。何十年ぶりかであの蜂蜜の疑いが晴れたのだ。
ガイドさんがお店のおばあちゃんにその話を伝えると、おもむろに奥から蜂蜜漬けのナッツやら果実やらを瓶から取り出し、食べてごらんと紅茶と共に出してもてなしてくれた。白チーズに蜂蜜をかけて食べることも教えてくれた。
それ以来我が家の食卓には蜂蜜が戻ってきた。今ではバタートーストの上にカッテージチーズを乗せて蜂蜜を垂らす。更に夫が蜂蜜漬けにした柑橘を紅茶に浮かべる。高価ではないが贅沢な食事の時間。そして瓶の中の蜂蜜と柑橘はキラキラとしてとても美しい。見飽きることがない至福の時間だ。
(完)
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