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蜂蜜エッセイ応募作品

はちみつおじさん

奥山 和弘

 

 教員をしていた頃、毎年、決まった季節になると職員室に「はちみつおじさん」がやって来た。はちみつ商品の販売業者だ。転勤した先でも現れたから営業範囲は広かったのかもしれない。
 おじさんは、机を回って、試食用の飴を一粒ずつ渡していく。だが、無愛想で、「どうだね」くらいしか言わない。日焼けしていて、着ているものも作業着に近い。学校に出入りする業者としては異質のタイプだった。商品は、大瓶の「はちみつ」と徳用袋の「はちみつ飴」だけだったから、買うのにためらった。一度飴を買ってみたことがあるが、食べ切るのにけっこう時間がかかった。
 四十歳の時、役所に出向になった。その歳で「新人」となり、勝手の分からぬ業務を任せられ、てきぱきと仕事をこなす人たちに交じって働くのは苦痛だった。一日が長く感じられた。
 ある日、そこにもおじさんが現れた。私の席まで来た時、日焼けした顔に「おや」という表情を浮かべ、「ここに来たのか」と言って、飴を二粒くれた。覚えていてくれたことが驚きだった。少し元気が湧いた。
 しかし、姿を見たのはそれが最後だった。身によくないことでも起こったのか、業者に対する職場の規制が厳しくなったのか、分からない。やがて私は学校に戻ったが、もう現れることはなかった。
 そこに特別な感傷があったわけではない。ただ、還暦を過ぎて思うことがある。何らかのかかわりのあった人と、いつの間にか顔を合わせなくなっていることにふと気づく。だが、その後二度と会うことはない。そういうことの積み重ねが、生きるということなのだ、と。いったい私は何人の「はちみつおじさん」と別れてきたのだろう。  
 今は、実家で母親の介護をしている。飴玉を欲しがるが、医者から糖分を控えるよう言われているので、買うのはいつも「はちみつキャンデー」だ。たまに、おじさんのことを思い出す。だが、その顔は次第におぼろげになっていく。

 

(完)

 

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